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2024/03/18

ワルプルギス 全台本

 🩸ワルプルギス🩸    🩸 Walpurgis 🩸    
  東京グランギニョルTOKIO GRAND GUIGNOL  
       第6回公演                                        

   作・演出・音響 /  飴屋法水  舞台美術 / 三上晴子
         照明 / 瀬戸光信 & 龍前照明

CAST

★ココ/嶋田久作 ★ルゴシ/飴屋法水 ★ワーミー/越美春 ★チョウ/奥村浩 
★ワルプルギス/武井龍秀 ★ワーミーの兄/棚橋信一 ★リタ/矢車剣之介
★浜里/浜里堅太郎 ★ヨーカン/上野仁 ★タツル/石川健 ★ナル/石川成俊
★土方/土方歳三 ★ゲシュタポ/大橋二郎 ★下男/田口貴郎

STAFF
◆音響操作/飴屋法水 & 佐藤珠子 小道具/渕岡康子 舞台監督/奥村浩

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

大塚ジェルス・ホール。
舞台と客席は、例によって幕で仕切られている。薄いブルーの客席。
ちょうど、無菌室のような印象。
………………適当な音楽が流れている。期待している客。たかをくくっている客。
客席の狭さに不満げな客。眠そうな客。さて、とにかく始めてみよう。
ゆっくりと暗転していく。客のざわめきも止むだろう。

Prologue
完全暗転。キューンとした音楽。照明ゆっくりと入ってくる。
棺桶が4つ、舞台に立って並んでいるのが見えてくる。地下室のようだ。
人の姿は見えない。キューンとした音にかぶさり、ドーンとした音。
左端の棺のフタ、前に倒れて開く。中にビニールに包まれた死体がひとつ。
またドーンという音。隣の棺のフタ、開く。やはり中に死体がひとつ。
このようにして4つの死体が現れる。そしてもうひとつドーンという音。
下手と上手に1つずつある大きな扉、やはり前に倒れて開く。下手の方にはコックのような姿の男が2人。上手には長いステッキを手にしたフロック・コートの紳士が1人。
3人とも、じっと前を見たまま動かない。
おもむろに

ココ      ………チョウ・イーツェンさんですね?
チョウ     ……XXXXXX (中国語)  
ココ      私、ナタデ・ココと申します。お約束の品取りに伺ったのですが…。
チョウ     XXXXXXXX
下男      お約束の品、確かに揃えました。
チョウ     XXXXXXXX XXXXXXXX XXXXXXXX
下男      ものは全部で4つ揃えてあります。その中からどれか1つお好きなものを
        お選びください。
ココ      それは、それは。
チョウ     XXXX!

(下男とチョウ、棺の方を指し示す。ココ、初めて振り返り、棺を見る)

ココ      ……これですね?……ほほう…だいぶ、いたみが激しいようですなぁ。
チョウ     (突然、怒り)XXXXX!XXXXXXX!
下男      ケチをつけるなら売らん……と申しております。
ココ      あ、いえ、そういう訳では……。
チョウ     XXXXX!XXXXXX!
下男      苦労して集めたのは、誰だと思ってんだ……と、申しております。
ココ      これは、失礼。どうか気になさらないで下さい。いえ、こちらは、痛みが
        激しくとも、いっこうに構わんのです…どうか、本当に-。
チョウ     XXXX!(突然、左端の死体の説明を始める)
下男      まず最初は、中年の男です。
チョウ     XXXXXXXXXXXXX、XXXXX。
下男      3日前に心不全で死亡。金持ちだったらしく、でっぷり太り、金歯もまだ、
        全部残してあります。年は、まあ47、8ってところでしょう。
        ……いかがです?
ココ      (眉をしかめて)なるほど…で、次は?
チョウ     XXXXX。XXXXXXXX!
下男      お次は、22、3の若い女です。しかし、残念ながら処女ではございま
        せん。強姦されたあげくに自殺。ま、今時めずらしいカタイ女だったって訳ですな。
ココ      ふーむ。
チョウ     XXXXXXXX。
下男      かなりの美人だと申しておりますが、顔はごらんの通り、
        ウジだらけですよ…。

(下男、顔にたれさがっている髪を持ち上げる。腐りかけてた女の顔。片目は飛び出したらしく無い)

ココ      次は‼︎
チョウ     XXXXXXXX。
下男      3番目は、30前後の男です。こいつぁ、絞殺死体なんですがね、
        筋肉もまだ、しっかりしています。
チョウ     XXXXXXXX。
下男      内臓も立派なものですし、医学実験なら、やはりこいつなんじゃ
        ないでしょうか。
        …………いかがです?
ココ      次は!
下男      最後は……20くらいの小僧ですよ。
ココ      ほう……随分、若くして死んだものだな。
チョウ     XXXXXXX……XXXXXXXX。
下男      なんとも、貧弱な体でね。こいつはちょっと…
        いえ、まあ、好き好きですがね。
チョウ     XXXXXXX。
下男      さあ、どうぞ、1番、2番、3番、4番……よーく考えてお選びください。
        まあ、私共と致しましては、やはり、このー。(と2番目の棺に歩み寄る)
ココ      4番だ。
下男      は?
ココ      (部屋の隅にある椅子を中央にドンっと置き)4番目の小僧だ!出してくれ!
下男       ……。
ココ      (小さなトランクを、チョウの胸にドンと押し付け)
        金はこれだ!さあ、早く!

〔下男、半分呆れた顔で、4番目の棺から死体を出す〕

ココ      気をつけて……ほら、そっと!
下男      ……。

〔下男、死体を椅子に座らせる。ココ、しゃぶりつくようにしてにじり寄り、
その死体の隅々を調べ始める。次第に、目が輝いてくる。チョウは、トランクを
開け金を光に透かして、確かめている〕

下男      ……しかし、……まあ……お客さんも変わってますなぁ。
        …いえ、若い女の死体が手に入ることなんざ、めったに
        ないもんですからね……
        こういう場合にはたいてい女を選ばれるんですよ…
ココ      〔気がなく) …ほう…。
下男      (いやらしく笑って)…それに、女の死体というのは、あちらの方の
        楽しみもございますからねえ。ほっほっ。
ココ      ………?
下男      いいえ、今でも、よくあるんですよ。そりゃ、時代が変わっても、
        あちらの事に関しては、人間変わりませんからねぇ。
        ねえ?そうでございましょう?
ココ      少し黙っててくれないかね!
下男      ………。

〔ココ、死体をくまなく調べ終わり、最期に顔をジッと見つめる。間。子、口の中で、
何やらブツブツ唱え始める。〕

ココ      ………ギス………ルプル………ワルプル………
下男      ……?………どうしました?
ココ      ワルプル……ギス…ワルプルギス…ワルプル…(次第に大声になり、
        立ち上がる)
チョウ     XXXX!
下男      お客さん! どうしました! お客さん!
ココ      (いきなりステッキを振り上げ)   ワルプルギスッ‼︎
チョウ・下男  ————————。
ココ      ……お前と私は!
        (と、ステッキを振り下ろし、死体を強く打つ)
        ……このようにして出会いっ! (と、また打つ)
        このようにして……始まるの…
        (と、更に大きく振り上げ、思いっきり振り下ろす)
        ……だっ!!

音楽。ココと死体のサスのみになる。ココ、音に合わせ、死体を叩き続ける。サスのハレーションの中、4つの棺、ゆっくりと後ろに下がって行き、セットの壁に組み込まれる。
ゆっくりと暗転。

  



1幕 マウス(実験用小動物)
音楽、静かな音にすり変わる。舞台前面に、1列に並んだ少年達のほとんど顔のみが
浮かび上がる。彼等は右手にガラス瓶を持ち顔の高さまで上げて覗き込んでいる。
瓶の中では、それぞれ1匹ずつ、ハツカネズミが動いている。彼等の後ろは、暗く、全く
見えない。やがて、ポツン、ポツンと口を開き始める。

1          1986年。
2           東京。
4   クラブ、ワルプルギス。
5   の、地下、地下。チカ。
6   地下室で………この実験は始められた。
1   それから、わずか190日。
2   10匹の死んだネズミのうち6匹がこうして、又、動き出した。
3   チュウ。
4   彼は言った。
5   壊れた機械も、修理すれば又、動く。
6   そう‼︎
全員  シー!(と、口に指をあて、怒鳴った少年をたしなめる)
6   ………そう。技術(テクニック)があれば。
1   テクニックがあれば。
2   テクニックがあれば。
3   テクニックがあれば………。
4   やがて、1つの動かない人体が、この地下室に運び込まれた。
5   そして、また、190日。
6   そいつが息をふき返す。
1   何も知らず、クラブで踊るガキ共の足音が聞こえる。

〔デッド・オア・アライブに混ざり床を蹴る靴音が、一瞬、よぎる〕

2   ………彼には、それが、胎内の鼓動のように聞こえただろうか。
3   誕生予定時刻まで。
4   もう。
5   あと。
6   〔皆、時計を見る。小声で)……
    ノイツェン。
1   アーツェン。
2   ジプツェン。
3   ゼヒツェン。
4   フュンフツェン。
5   フィルツェン。
6   ドライツェン。
1   ツベルク。
2   エルフ。
3   ツェーン。(次第に大声で)
4   ノイン。
5   アハト。
6   ジーベン!
1   ゼクス!
2   フェンフ!
3   フィーア!
4   ドライ!!
5   ツバイ!!
6   アインス!!!

 6人、いっせいにしゃがむ。音楽。彼等の後ろに明りが入る。
部屋の中央に、大きな鉄製の棺が横たわっている。棺の腹には ”WALPURGIS“ の文字。
その棺の後ろで、ココが杖を振りあげポーズをとっている。暗転。短い間。明りが入る。
棺の真中の後ろでポーズ。6人の姿は消えている。暗転。短い間。明りが入る。そして、杖を棺のフタに振り下ろす。間。フタ、ググッと持ち上がる。その隙間から、手がのぞく。黒い皮の手袋をしている。その手、フタの縁を掴む。持ち上げていく。フタ、後ろに落ちる。ココ、飛びのく。棺の中から、ゆっくりと上体が持ち上がる。両手で顔を覆っている。顔は見えない。音楽止まる。





ココ    ……(顔を輝かせ見つめる)
ワルプル  ……まぶしい……何でこんなにまぶしいんだ。
ココ    (優しく)ずっと、眠っていたからさ……じきに慣れる。
ワルプル  ずっと?……どの位。
ココ    190日だ。
ワルプル  (驚いて、両手を外し) 190日?……(初めてココの顔が目に入る)
      ……あんた……だれ?
ココ    ……おまえのパパだよ。ワルプルギス。
ワルプル  はあ?
ココ    パパが嫌なら、ダディでもいい。
ワルプル  ちょっと、あんた————。
ココ    つまり……、おまえの父親ということだ。
ワルプル  そんな—————。
ココ    そんなバカな! と言おうとして、おまえは急に口ごもる。
ワルプル  ……そんな。
ココ    慌てて、それを否定するだけの根拠を探す。
ワルプル  ………。
ココ    ところが、それが見つからない。

〔ワルプル、自分の頭を手で押さえる。混乱した表情〕

ココ    君の死体は、随分いたみが激しかった。やむを得ず、かなりの部分を他から
      借りた。だから悪いが……君の体は、寄せ集めと言う訳だ。
ワルプル  オ……オレは……
ココ    君を君と呼んでいいのかどうかもわからない。君の大脳の記憶を、君の眼球が
      裏切るだろう。 君の眼球の記憶を君の肛門が裏切るだろう。君の肛門の記憶
      でさえ、君のペニスは裏切るだろう。…………女を知りつくした唇に童貞の
      性器を持つかもしれない君………だから、思い出すのはやめたまえ。
      お前は、生まれたての赤ん坊で、私は、お前の父親だ。
ワルプル  ……し……しんじられねぇよ………。
ココ    そりゃ、そうだろう。だが、信じなくともよい。お前が信じようが、
      信じまいが、世界は、勝手に動いているんだ。
ワルプル  (ムキになって) じゃあよ、その世界とやらを動かしてんのは、どこのどいつだ!
ココ    …………
ワルプル  あんたか!
ココ    ……違う。
ワルプル  へっ!…………内心は、そう思っているんだろう!……そう言う顔しているよ!
ココ    まあ……確かに……少なくともお前は、私の手の平の上だからな。
      私のした事を、錬金術にかけて、錬肉術と呼んでもいいし、もっと、
      今風に言って欲しければ……腐肉のサンプリングとか、屍体のメガ・ミックス
      とか言うのもいいだろう。……お前を造りながら、私は、随分考えた。
      例えば、私はお前をシャムの双生児にすることも出来たし、お前の下半身を女に
      することも出来た。……そして、考えたあげく、初めての息子に、ふさわしい
      だけの役を思いついたんだ。……何だと思う?
ワルプル  あんたの言ってることは、何が何だか————。
ココ    吸血鬼だ。
ワルプル  ……お…(笑って) おっさん、ココがおかしいんじゃねえの?
ココ    さっきも言った通り、お前が、信じようが信じまいが物事は決まっていく!
      ……試しに、こいつを食べてみろ。

〔と、ワルプルギスに、リンゴをほうる。ワルプルギス、リンゴを見る。戸惑う。〕

ココ    どしたっ! ずっと寝てたんだ、お腹がすいただろう。さあ、食べてみろ!

ワルプルギス、思い切ってリンゴをかじる。が、すぐに顔をしかめて、吐き出す。〕

ワルプル  うわっ……ペッ!……なんだ……この味……ペッ!
ココ    (満足そうに、それを見て) そのリンゴは、腐ってはいない。
       ……うけつけないんだ。お前の方がうけつけないんだ。
ワルプル  ………。
ココ    お前の喉は、液体しか通さない。そして、お前が飲んで「うまいっ」と感じる
      液体は、血液という液体だけだ。
      ……血液、ブラッド。サーンヌ!ダス・ブルート!……分かるね?
ワルプル  ……分からねぇよ……なんで、そうなんだよ………?
ココ    私が………そういう風に造ったんだもん。
ワルプル  ………ケッ‼︎

(ワルプルギスいらついて、手にしたリンゴを床にぶつける。しばらく黙り込む。その顔を見て、楽しくて仕方がないのか、ココ、身をクネクネよじらせる。突然、考えるのもバカバカしいといった顔で、ワルプルギス、笑い出す〕

ワルプル  ………ま、いいやぁ!……わかったよ。吸血鬼でも何でもいいよ。

〔ワルプルギス、棺の中にゴロリと横になる。ココ、おもむろに部屋の隅に置いてあったコップを取りに行く〕

ワルプル  ……ま、人間だろうが吸血鬼だろうが、あんまり、変わりゃしないもんな……
      食いもんが違うだけだろ? なあ、おっさんよぉ?
ココ    その通りだ。(と、コップを差し出す。コップの中には水)
ワルプル  …?…
ココ    さ。飲め。

〔ワルプルギス、乱暴にそれを受け取る。水がこぼれる〕

ココ    こぼすな!
ワルプル いちいち、うるせえんだよ!

(ワルプルギス、ジュルジュルと下品な音を立てて水を飲む。ココ、眉をしかめて、それを見ている。飲み終わると、ワルプルギス、コップを差し出す〕

ワルプル  もう一杯。
ココ    ダメだ。
ワルプル  何でだ! 飲みてえんだよ!
ココ    ダメだ!
ワルプル  ………
ココ    (激しく) それ以上飲むと、お前の体内の血液が薄まる。
      すると、今度は猛烈に血液が欲しくなる。
ワルプル  いいじゃねえか、吸血鬼なんだろ?
ココ    今は、まだ早すぎるんだ!誰の血を、いつ、どこで、どうやって吸うか、
      私がゆっくり教えてやろう。それまでは、1日にコップ1杯の水だ。
      そこに目盛りがふってあるだろう。いいか、150CCきっかり。
      それ以上でも、以下でもいけない。正確に計り、こぼさずに飲むんだ。いいな!
ワルプル  ……吸血鬼ってのも、面倒臭いもんだな。
ココ    フン……お前は、まだ鬼ではない。今は只の吸血小僧だ。

〔ふいに、ラッパがなりひびき、壁からココの顔をした、お知らせロボットが登場する〕

ワルプル  何だ?
ココ    ………来た。
ワルプル  どうしたんだよ。
   

ココ    寝ろっ! もとのように中に寝るんだ!
ワルプル  何だよ! 何が来たんだよ?
ココ    マウスだ。
ワルプル  マウス?
ココ    少し早すぎたが、まあ、いいっ……さっ!いいから、早く!

〔ワルプルギス、訳の分からぬまま、中に寝る。ココ、棺の乗った台ごと、舞台奥まで押してゆく〕

ココ    いいか、次に私がフタを開けるまで、ここから絶対に出るな!
      声を出してもいかん! いいな!
ワルプル  はいよ。

〔ココ、フタを持ち上げ、閉めようとする〕

ワルプル  ほんじゃよ、また、1万年位たったら開けてくれよな。

〔ココ、無言でフタを閉める。天井を見る。部屋の中を急いで見渡す。壁のスイッチに手をかけ、おろす。部屋、真っ暗になる。闇。ココの走る足音。音楽。天井近くでゴトゴトいう音、激しく〕

声1    おい〜、ナルトシィ〜……おい〜
声2    何だよ。
声1    真っ暗だよ〜。
声2    だから、どうしたんだよ。
声1    こえ〜よぉ〜。
声2    ったく、情けねえなぁ、おめーは!
声1    やっぱしさぁ……帰ろーよ……やばいんじゃねえの………
声2    今さら、何いってんだよ! ほれ‼︎
声1    え?
声2    ライターだよ。つけろよ!

〔シュパッっと音。ライターの明かりがつく。天井から降りている階段の途中に、2人の男がへばりついている。ライターを手にしているのは、メガネをかけた、鶏ガラのように痩せた男。細いズボンにロボットの靴。その上にいるのは、膝の破れたGパンをはいていて、茶色い髪が立っている。一見パンク風〕

声1    うわっ!! 何だ、この部屋〜!!
声2    気持ち悪りぃ〜。
声1    帰ろう。なっ、ナル、やっぱり帰ろう。
ナル    早く降りろよっ!!
声1    ふぇ〜〜ん。
ナル    ったく、ジジィみてえな顔してよォ。何がふぇ〜〜ンだよ………。

〔1、泣きそうな顔で床に降り立つ〕

声1    あちいっ! だめだ、ナル、もうライターが熱くなっちゃったよォ。
ナル    もうちょっと、我慢しろよ!どっかに明かりのスイッチがあるはずだから、
      それを探すんだよ。
声1    スイッチなんかあったって、つかないよ〜〜。
ナル    つくよ!!……いいか?ヨーカン、絶対、ここには、誰か住んでんだ。
      いいから、探せ!!

〔声1、仕方なさそうに探し始める。ナルもライターを出し、つける)

ヨーカン  (一人言で)………そんなによ……ポンポン怒鳴るなよなぁ……ちきしょう……
             リードボーカルがよ……そんなにエライのかよ………
ナル    (一人言で)………見ろよ棺桶だぜ……やっぱり、ここはなんか…あるぜ。
ヨーカン  うわああぁ!!!(突然、尻餅をつく)
ナル    どうしたっ!
ヨーカン  ネズ…ネズミッ!! ネズミッ!!

〔ヨーカンの指差す大きなガラス瓶の中に、30匹ほどネズミがうごめいている〕

ナル    (覗き込み) チッ!……ネズミぐらいで、ギャーギャー言うなよなァ……。
ヨーカン  だって……だってよぉ……。
ナル    おい!見ろ。それよりここにローソクがあるぜ!
      (手に取り、ライターの火を移す)へへっ‥…やったぜ……。
ヨーカン  違うんだよ……オレよぉ……ガキん時、ハツカネズミ飼っててよ……それが、
      たった1日、餌やるの忘れただけで、共食いしやがってよ……それもよ…
      頭から…頭んとっからカジるんだぜ…あいつら……オレ、部屋に帰ったら
      籠ん中でヨォ、頭のないネズミがピクピクしててョ……それ以来ネズミ見ると…
      もう、気持ち悪くてョォ………。
ナル    フーン。……でもよォ……ヨーカン……。オレ達だってよ……ヘヘッ………。
ヨーカン  何だよ。
ナル    もし……もし、こんな部屋に閉じ込められちまってョォ……何日も出られ
      なかったらョォ……オリャ、お前を食っちまうかもしれねぇぜ。
ヨーカン  へっ……へんなこと言うなよ!……バカァ……
ナル    あーー、うまそーなヨーカンだあーー!!(と、ローソクをかざしてにじり寄る)
ヨーカン  やめろっ! やめろよ〜〜…オレ、やっぱり帰るよ! もう帰るよ!!
      (と、ムキになり立ち上がる)
ナル    おい待てよ。悪リィ、悪リィ……
ヨーカン  ………
ナル    悪かったよ。……な、もうちょっと付きあえよ。
ヨーカン  …………こんな部屋に何があるんだよ。
ナル    あのな……見たんだよ。‥この間…そう、上で※1 DAYSのライブがあった時だ。
      あの日よ、便所がいっぱいだったんでよ、どっかできる所ねえかって探し回って
      てよ、こっちの裏手まで回って来たんだ……そしたらよ、ボイラー室から、変な
      奴らが2人出て来てよ、さっきの階段を下へ降りてったんだよ!
ヨーカン  …どんなヤツ?
ナル    ああ–––––––それが1人はよ……セムシみてえなんだよ。
ヨーカン  セムシ?
ナル    そ–––およ。セムシだよ!………お前、今時、セムシなんているか?いねーだ
      ろ、普通?………それからよ、もっと変なのはよ、白いホラあれ、あのバレエ
      の時付ける、ホラ、こんなヒラヒラなったよ––––––。
ヨーカン  チュチュ?
ナル    それだ、そのチュチュよ!もう1人はよ、それをつけた男だか女だかわかんねー
      奴なのよ。
ヨーカン  そりゃ、だから、オカマなんじゃないの?
ナル    お前、セムシ連れたオカマなんているか?
ヨーカン  ………いない。うん。そりゃ、やっぱし、めずらしーわ。
ナル    だろう?……なんかよ、ガキみてえな事、言うようだけど、やっぱり、
      なんて言うかよ、こう––––––––––。
          


〔突然、上手前の扉、ガシャーンと開き、中から2人の人影が飛び出してくる。強い音楽。扉奥からの強烈な明かりで、それが、まさに、ナルの話していたチュチュとセムシであることがわかる。チュチュの下半身には細い神経のようなものが、這っている。セムシの首の回りにも、神経が襟のようにはり出ていて、破れた背中から飛び出した、曲がった脊髄は、よく見ると金属である。チュチュの男、長い鞭を振り回し、セムシ、苦しそうに、何やらわめきながら、下手に走る。チュチュ、追う。下手前で、またバシバシ叩く。セムシ、上手に逃げ戻る。チュチュ、追う。セムシ、扉の中に飛び込む。と、同時に扉またガシャーンと閉まる。音楽止み、もとの暗闇※2

ヨーカン  ……… (ポカーン)
ナル    ……… (ポカーン)
ヨーカン  ………もしかして……今の。
ナル    ああ……今のだ。
ヨーカン  ……なんなんだよ、あれ?
ナル    …………わからねぇよ。
ヨーカン  ………オレ達……見つかったかな?
ナル    いや……気が付かなかったみてえだな……。
ヨーカン  うん………。
ナル    ……… (立ち上がり、上手前の扉を手で押したりして調べる)
ヨーカン  ねえ………どーしよー?
ナル    えっ?
ヨーカン  これから、どーすんだよ。
ナル   そうだな。
ヨーカン  帰ろ。やっぱし、帰ったほうがいいよぉー。
ナル    バカ! それじゃ、何にもなんねえだろ。
ヨーカン  じゃ、ここにいて何になるんだよぉ〜。
ナル    だって、せっかく面白くなってきたんじゃねえか!
ヨーカン  面白くないもん!
ナル    (急に、何かに気付き) 待て! シッ!

〔ナル、扉に耳を押し付ける〕

ヨーカン  ……なに?
ナル    シッ…………
ヨーカン  ………
ナル    ……何か……何か、音がしたみてえなんだよ。
ヨーカン  やっだなぁ。また、さっきの奴等が来るんじゃねえの。
ナル    ああ、かもな。
ヨーカン  オレやだよ。どーすんだよ。
ナル    隠れよう!
ヨーカン  隠れる?
ナル    ああ。
ヨーカン  隠れるって、どこに?
ナル    どっか探すんだよ。
ヨーカン  どっかって………
ナル    早く!
ヨーカン  もお。

〔ナル、急いで部屋の隅の暗がりに、身を潜める。ヨーカンもいったん身を隠すが、
 またすぐに立ち上がる〕

ヨーカン  あっ、だめだ! あれ!
ナル    (顔だけ出して)何だよ!
ヨーカン  ローソク、ローソク!
ナル    バカ、お前、急げよ!
ヨーカン  …なこと言ったって、ついてちゃまずいでしょ–––––!

〔ヨーカン、ローソクに駆け寄る〕
ヨーカン  もぉ〜〜、自分でつけたくせしてよ〜〜〜

〔ヨーカン、フーッと息で吹き消す。2本ほど消える。ヨーカン、もう一度大きく息を吸い込む。その時、上下の扉、再びガシャーンと開く。今度は、ココが1人立っている。ヨーカン、驚いて振り向き、立ち上がる。ココ、冷たい目で、ヨーカンを見ている〕

ヨーカン  ! …… あ…あの……どうも…………。
ココ    消さなくてもいいじゃありませんか。
ヨーカン  はっ、はい……いえ……お邪魔しております!

〔ヨーカン、深々とお辞儀をする。ココ、表情を変えない。〕

ココ    ……それとも……やはり、暗すぎますか。

〔ココ、クルリと振り向き、スイッチを上げる。部屋の明かりがつく。
 ヨーカン、怯えた顔でキョロキョロ。〕

ココ    ……おや?お1人ですか?
ヨーカン  はいっ!
ココ    しかし、確かに話し声が––––。
ヨーカン  いえっ……ですから……ボクは、1人言を言うものですから………
ココ    あんなに大声で?
ヨーカン  ははっ。……ボクって……変わってるなー。はははっ。
ココ    ……まあ、いいでしょう。

〔ココ、ツカツカとヨーカンの方に歩み寄る。ヨーカン怯えて後ずさる〕

ヨーカン  ははっ……でも……この部屋も、変わってますよね……
ココ    そうですか。
ヨーカン  ……そうですよ。いやぁ……ウン……いいなぁー、好きだなぁー、
      こーいうの。ウン。※3

〔ココ、残っていたローソクの火を、ゆっくり吹き消す〕
      

ヨーカン  あっ……ス、スミマセン………
ココ    ところで、お坊ちゃん!
ヨーカン  はいっ!!
ココ    キミはどうしてここにいるんでしたっけ?
ヨーカン  はいっ! それはっ、いえっ、勝手に入ってきちゃって、それは、本当にスマな
      いと思ってます。いえ、ホントにたいした、あれじゃないんです。ちょっと、
      なんか音がしたもので、何かなー?なんて……いや、そしたらあの…そう、あ
      れ!あの、ネズミだったんですね。あの、ゴソゴソ言ってたのは。ははっ………
ココ    ああ–––––、ネズミね。
ヨーカン  そっ、ネズミ!……ハツカネズミっていう奴……ええーっと、実験なんかに、
      ほら、よく使う………
ココ    我々は普通、マウスと呼びます。
ヨーカン  あ、なるほど、マウス。あ、やっぱ専門家は違うわ。……あれ? てことは、
      あれなんだ。やっぱり、ここではこう、何かの…実験…なんかを……?
ココ    むろん、あいつらは実験用です。しかし、もう用済みでしてね。捨ててしまおう
      かと思っていますよ。
ヨーカン  あ、じゃあ、ボク、もらっちゃおうかなーなんて……ははっ
ココ    あいつらより、ずっと活きのいい、大きな、大きなネズミが、手に入りましたの
      でねぇ………お坊っちゃん。

〔ココ、ヨーカンの肩をポンポンとたたく。ヨーカン、顔がひきつる。〕

ヨーカン  ………‥お…おじさん、冗談……

〔いきなり、ヨーカンの肩の上の手にグワッと力がこもる。〕

ココ    動くな!!………いいか? 1ミリも動くな!

〔ココ、ワルプルの入った棺に駆け寄り、フタを開ける。退屈そうなワルプルの顔。〕

ココ    出ろ!
ワルプル  なんだ、もう起きんのか?
ココ    (ふりむき) おいっ! 紹介してやろう。私の息子、ワルプルギスだ!
ヨーカン  ……。 (驚いて、後ずさる)
ココ    こっちはな、新しく入ったマウス君だ。
ワルプル  あ、そう、ヨロシク。
ヨーカン  ちょっとまってよー。
ココ    (ココ、部屋の隅の蛇口に飛びつき、コップに水をつぎながら)ワルプルギス!
      予定よりだいぶ早いが、最初の実験を行う。もうすぐ、お前に2杯目の水を
      やろう。 ほんの数秒でお前の体はお前が味わうに値する血液は例えば彼。
      彼のような男。それも、なるたけ若い男に限る。いいか、間違っても女の血は
      吸うな!……万が一、吸ってみろ……拒否反応でお前は、死ぬ程の苦しみを味
      わう。それだけは、忘れるな!
ワルプル  ………ああ。
ココ    (コップの水を差し出し) よし、では、記念すべき最初のディナーだ。
      ………ゆっくりと楽しめ。

〔ワルプル、コップを受け取り、一気に飲む。ココ、ゆっくりと、ヨーカンの方に振向く。〕

ヨーカン  (泣きベソで) うそだよ……そんなのうそだよ………
ココ    マウスッ!(ヨーカンに飛びかかり、胸ぐらを掴む)……鳴け。
ヨーカン  え?
ココ    チューと鳴いてみろ。
ヨーカン  ………。
ココ    鳴くんだ!
ヨーカン  ……………………チュウー。
ココ    もっと! 大きく!
ヨーカン  チュウー……チュウゥ………
ココ    もっとだっ!
ヨーカン  やめてくれよぉぉぉっ!
ココ    鳴けえぇっ!

〔ココ、ヨーカンを突き放す。ヨーカン、床にへたり込む。〕

ヨーカン  (泣きながら)チュウゥ……チュウゥ………チュウゥゥ…………
ココ    ……………(ステッキをゆっくり振り上げ)……やれ!

〔ステッキお振り下ろす。強い音楽。ワルプルギス、ヨーカンに飛びかかる。ヨーカン、逃げ惑い、下手に走る。ココ、踊るようなステップで、出口を塞ぐ。ヨーカン、上手に走る。上手扉、目の前でガシャーンと閉まる。ヨーカン、階段に飛びつき、必死で駆け登ろうとする。焦って足を踏み外す。まさに、猫に追いつめられたネズミのもがきよう。ワルプルギス、階段の途中まで登ったヨーカンの体を、引きずり降ろす。ココ笑いながら見ている。2人の体、もみ合いながら、舞台の中央で止まる。ワルプルギス、恐怖でひきつったヨーカンの顔をジッと見る。 間。 ワルプルギス、思い切ってヨーカンの喉に噛みつく。〕

ヨーカン  ––––––––!!
          



〔サス1本になる。絶叫。音楽。パルトークのピアノ曲に変わる。2人共、ジッと動かない。静かな音楽の中、ヨーカンのヒューヒューという荒い呼吸、ワルプルギスの、血を吸うジュルジュル……という音が響く。それがうんざりする程続く※4 。ココ、微動だにせず、それを見つめている。やがて、ヨーカンの体、ドサリと床に落ちる。ワルプルギス、2、3歩フラフラとよろけ、サスから外れる。入れかわりにココ、サスの中に入り、倒れているヨーカンを見下ろす。靴の先で、動かして見る。中腰になり、ステッキの先でつついたりしてみる。ヨーカン、ピクリともしない。サスの外から、ワルプルギスの声。)

ワルプル  …………眠い。
ココ    ……………………。
ワルプル  腹がいっぱいになったら、眠くなっちまった。
ココ    そうか。(まだヨーカンを見ている)
ワルプル  (大きくあくびをして) ふぉいー……眠らせてくれよ。
ココ    気分は?
ワルプル  大丈夫だ。……いいんだろう、これで? もう、眠らせてくれよ。
ココ    棺のフタぐらい、自分で開けろ!
ワルプル  ……はい、はい………わかりました。

〔ワルプル、フラフラと棺桶に戻る。もう一度、あくびをする。〕

ココ    ……ワルプルギス。そういう話し方は止した方がいいぞ。
ワルプル  なんですかあ?
ココ    ごう慢な口のきき方は、止せと言ってるんだ!
ワルプル  …………仕方ねぇだろ。あんたが造ったんだから。

〔ワルプルギス、バタンと棺のフタを閉める。ココ、いら立ち、棺の前まで行く。何か言いたそうに、棺をにらみつける。が、何とか気持ちを押さえ、冷静に〕

ココ    ……明日の朝………また会おう。

〔ココ、ツカツカと足早に去る。ピアノ曲、まだ続いている。間。突然、ガタガタ音がして、
 隠れていたナルトシ、ぶっ飛んだ顔して立ち上がる〕

ナル    ……………………………………………………………ヨーカン!

〔ナル、倒れているヨーカンに駆け寄り、キョロキョロ回りを見てから、激しく揺する〕

ナル    ヨーカン! ヨーカン!……おいっ! 死んじまったのかようっ!ヨーカン!

〔ナル、ヨーカンの上半身を持ち上げ、さらに揺すったり、頬をピシャピシャ叩いたりする〕

ナル    ヨーカン頼むよ!目、開けてくれよ! おいっ!
ヨーカン  ウ……アァ………

〔ヨーカン、苦しそうに頭を振り、ボンヤリと目を開ける〕

ヨーカン  ……あ………ナル。
ナル    ヨーカン!
ヨーカン  ミ……ミ……(奇跡の人のヘレン・ケラーの感じで)
ナル    え?
ヨーカン  ミ……ズ。
ナル    おお、水だな!待ってな!

〔ナル、回りを見て、蛇口を見つけると、コップに水をつぐ〕

ナル    …オ、オレよお、怖くて助けなかったわけじゃねえんだ!ホントだぜ!……

〔ナル、コップを渡す。ヨーカン、暗い顔でそれを飲む〕

ナル    あいつらが、何すんのか見届けようと思ってよ。
ヨーカン  (冷たく)オレの首、噛んだんだよ。
ナル    ……ああ、そうみてぇだな。…でも、まさか、お前が倒れちまうなんて思わな
      かったんだよ……………な、わかってくれよ!
ヨーカン  わかってるって……それより、もう一杯くれよ。苦しいんだ。
ナル    ああ、よし!

〔ナル、また蛇口に走り、水をつぐ。が、ちょっと心配になる〕

ナル    あいつら………なんか……まるで、吸血鬼みたいな事、言ってたけど、
      ありゃ、ジョーダンだよなぁ?

(ナル、苦笑しながら、またコップを渡す。ヨーカン飲む〕

ナル    それにしたって、首に噛みつくなんて、あんまりだよなぁ…………なあ…………
      大丈夫か?………痛むか?
ヨーカン  (バカにした顔で笑う) そりゃ、噛まれりゃ痛いさ。
ナル    そ……そうだよなぁ…………オレよお、お前をこんなとこ、連れてきちまって
      ……ホントに悪かったと思ってるよ……お前、あんなに嫌がってたもんな。
      ……動けるようになったら、すぐに出ような!
ヨーカン  うるせえな。
ナル    え?
ヨーカン  うるせえんだよ!! お前は黙って (床をビシャリと叩いて) 
      ここに座ってりゃいいんだよ!
ナル    ヨーカン…………。
ヨーカン  …………
ナル    ………どうしたんだよ………お前。
ヨーカン  ……………
ナル    ……なんて目で…オレを見るんだよ。
ヨーカン  ……………
ナル    ………お前………まさか…………。

〔ヨーカン、ナルの肩に手を伸ばし、掴む。〕

ナル    !

〔ヨーカン、グッと引き寄せ、首に噛みつく。同時に暗転。暗転の中、ナルの絶叫が響く。
 絶叫にワンポイント、強い音楽が重なる。短い間。一転して、クラシカルな音楽。
 その音楽の中、何人かの苦しそうな声が聞こえて来る。〕

声     水……水をくれー。頼む…水をくれ––––––
声     ダメよ! まだ、だめっ!ちゃんと言うこときいてからっ!
声     水をくれー! 水だ! 水だよー!

     

〔明りが入る。騒いでいるのは、1列に並んだ4人。うち2人は、ヨーカンとナル。
 あと2人は、初めての顔。どうやら、あれから何日かたち、吸血鬼の数も増えたようだ。
 並んだ彼等の前で鞭を手にイライラしているのは、チュチュを着たリタだ。〕

リタ    うるさいわねっ! 黙んなさいよ!ちょっと!黙んなさいよ!

〔リタ、鞭で床を打つ。4人、ビクッとして、やっと黙る。舞台の隅の方では、ルゴシが
 椅子に座っている。膝の上にはお盆を乗せ、その上に4人分のコップ。ルゴシ、その1つを
 手に取り、チビチビなめて、味見をしている。〕

リタ    もぉ––––––––。ちょっと、ルゴシちゃん!
ルゴシ   ……(フルーツ・アップルのキョンキョンの感じで)……ふん。
リタ    ルゴシちゃん!
ルゴシ   ん?
リタ    あのさあ、何であたしがこんな事しなくちゃいけない訳?
ルゴシ   それはさっ、リタちゃん、だんな様の言いつけだから。
リタ    いえ、ルゴシちゃん、それは、わかってるんだけど–––––。
ルゴシ   こいつらはね、リタちゃん、数が増えたのはいいんだけど、なんていうかね、
      こう、吸血鬼としての自意識が欠落してんのよ。
リタ    ほおんと、これじゃ家畜よね。
ルゴシ   家畜、家畜。ま、そりゃあね、リタちゃん。家畜としては、1日1杯のお水で
      すむんだから、楽だけど、だんな様としては、こいつら造るのに、で、とりあ
      えずここまで増やすのに、すごく手間ひまかけてる訳よ。
リタ    ちょっと、聞いてんの?
4人    (ほおっとした顔で、黙ってうなずく)
ルゴシ   だからね、リタちゃん。ここはひとつ、リタちゃんにその愛のムチで、何とか
      調教して欲しいと……ね?
リタ    (イライラして) じゃあ、いい?これから、あなたたちに質問するから、わかっ
      た人は、答える事。 いい?
4人    (うなずく)
ルゴシ   それでは……ひとつ。

〔と、分厚い本を、リタに差し出す。リタ、ルゴシを見つめる。ルゴシもリタを見つめる。2人そのまま、頭を近づけていく。クチビルが。ふれ合いそうになった瞬間、2人共キッと前を向く。突然激しい音楽。2人、それに合わせてオドリながら叫ぶ。〕

リタ    それではいきます。第1問!!
ルゴシ   第1問〜〜〜〜!!
リタ    16世紀末、処女ばかり610人も噛み殺したといわれるカルバチアの美貌の
      伯爵夫人は誰か⁈

〔と、後ろの4人をふり返る。4人、しばらく考え込んでいるが、首をふり出す。リタ、
 それを見て、イライラしながら、ムチをふるう。〕

リタ    もう〜〜〜〜っ!! あのねぇ、これは、いい? バートリー・エルジェベト!
      わかった?………じゃあ、次!!
〔と、2人、またオドリ出す。〕
ルゴシ   第2問!!
リタ    第2問〜〜〜!!
ルゴシ   1949年から4年間、自宅に、男女9人を誘い込み、撲殺した後、喉を切り裂
      き、血をすすり、挙句に浴槽に満たした硫酸で遺体を溶かした、「ロンドンの
      吸血鬼」
リタ    「ロンドンの吸血鬼」!!
ルゴシ   「ロンドンの吸血鬼」と呼ばれた男は誰かっ!!
4人    (首を振る)
リタ    ………もお〜〜〜、ジョン・ヘイでしょ。ジョン・ヘイ!! じゃあ〜〜〜、
      (とページをバラバラめくり)……こーいうのなら、あんた達でもわかるでしょ。
      えー、最近の吸血鬼映画……って言っても、これは駄作だったけど、「ハン
      ガー」、その「ハンガー」のトップ・シーンで金網越しに歌ってたのは誰か?
4人    (首を振る)
リタ    ………ピーター・マーフィーでしょお!………もお………。
ルゴシ   あのね、リタちゃん、ちょっと質問が難しすぎるんじゃない? もっと、こう、
      基礎的なヤツ。ね?基礎的な………。
リタ    ……あ、そう。んじゃあ、すっごく基礎的なヤツ。(幼稚園児に言うように)
      えーとお、吸血鬼があ、1番、怖がるものは、何ですかあ?
4人    (やっぱり首を振る)
リタ    ……………ちょっと……いい加減にしなさいよ。あんた達、あたしをバカに
      してる訳?………ニンニクと十字架でしょお?
4人    (ボ–––––––)
リタ    ……あ、そう。じゃ出すわよ十字架出すわよ!
〔リタ、ルゴシの差し出す小箱から、十字架のネックレスを取り出し、
 4人の鼻先に押しつける〕
        

リタ    さあ、どう?怖い?……怖いでしょう?…………怖いわよねぇっっっ!

〔4人のうち、3番目の少年、おもむろに、十字架に手を伸ばし、
 首に掛け、ニッコリほほ笑む。〕

リタ    !…………………………ル…………ルゴシちゃん……十字架、掛けてる––––。
ルゴシ   ウン………。
リタ    ……この子、十字架かけてるわよ〜〜〜っ!
ルゴシ   (小箱に飛びつき)リタちゃん!…ニンニクだよ。今度はニンニクだよ!

〔ルゴシ、大きなニンニクを1つ、つまむと、やはり4人の鼻先に押しつける。〕

ルゴシ   さあ、どう?……臭い?……臭いでしょう?………イヤだわよねえ〜〜〜

〔4人のうち、4番目の少年、そのニンニクを手に取って、しばらく眺めているが、おもむろ
 に口にほうりこみ、パリポリ食べる〕

ルゴシ   !…………なに?………リタちゃん………この子達いったい何なの?
リタ    ……(動揺する気持ちを何とか押えて、冷静に)じゃあ、ちょっと、聞き方を変え
      ます。あなた方は……あなた方は、「吸血鬼」という言葉から、何を思い浮かべ
      ますか?
4人    ……………………。
リタ    「吸血」という言葉から何を浮かべますか?……はい、あなた!
ヨーカン  …………………カ。
リタ    は?
ヨーカン  カ。
リタ    ………カ?
ヨーカン  カ。
リタ    …………(怒りに震えて)………あなたは?
ナル    ……………ノミ。
リタ    ノミ?……………あなたは?
3     ダニ。
リタ    –––––。…………………………………あ……あなたは?
4     ………ヒル。
リタ    –––––。

〔リタ、その場にくずれおれる。〕

ルゴシ   ………………。
リタ    ……ひどい……ひどすぎるっ!あなた達には、吸血鬼としてのプライドがない
      のっ? プライドがっ!……………家畜よ。あんた達は、やっぱり、家畜よ!
ワルプル  その通り。家畜だね。

〔その声に驚き、リタとルゴシふり返る。フラリとワルプルギス、入ってくる。〕

リタ    ワルプルギス…………。
ワルプル  オレ達は、確かに家畜だよ。……いやー、家畜以下だね。ダニだよ。ヒルだよ。
リタ    いr、それは、只この人達が–––––。
ワルプル  当たり前だ!あれから何日たったと思う?2週間だよ!……2週間と3日……
      相手にしたのは、そこにつっ立ってるマヌケな野郎、只1人だ。あとは、毎日、
      毎日、150CCの水。そして睡眠。水。睡眠。水………これが家畜じゃなくっ
      て、何だってんだよ。
リタ    いい生活じゃない。
ワルプル  吸血鬼ってのは、もっとおもしれえもんかと思ってたよ。……そいつらが言った
      通りよお。只、血を吸うだけなら、ノミだって、ヒルにだって出来るんだぜ!
ルゴシ   ワルプル君、そりゃ、違うねえ。君はノミでもヒルでもない。なぜなら君には、
      目的がある。崇高な目的があるんだよ!
ワルプル  言って下さい。じゃあその目的を言ってみて下さいよ。
ルゴシ   ……………。
ワルプル  へっ! 女の血は吸うな、男だけだ。それも、なるたけ若い男……………それ
      で、集まったのがコイツラって訳だ。………そんで、何がしたいんだよ?え?
      ここによォ、ホモの帝国でも築こうって訳かあ?
リタ    (急に目が座って)………ホモじゃいけない?
ワルプル  いいさ。いいよ!だけどなぁ、オレは、あの変態オヤジの手先になるのはゴメン
      だって言ってんだよ!
ルゴシ   ゴメンなら……………どうするんだ?……………ん?……………只、食い物が違
      うだけだ、人間だって、吸血鬼だって変りゃしないって言ってたのは、君じゃな
      かったかな?
ワルプル  これじゃ、人間以下だろうが。
ルゴシ   焦ってはダメだよ……ワルプル君。ん? 誰だってねえ、生きていれば、いい時
      もある、悪い時もある。そう自分に言い聞かせるんだ。ね? いい時もある、
      悪い時もある。
ワルプル  (ルゴシをギロリとにらんで) あ、そう。………じゃあ………こんな事もあります
      よねぇ?
ルゴシ   ?

〔ワルプル、突然、ルゴシの背中に回り、ナイフを首にあてる。〕

ルゴシ   ワルプル! きさまっ! おいっ!
リタ    ワルプル!
ルゴシ   やめろ! 離せ! おいっ!
ワルプル  騒ぐな!
ルゴシ   …………やめろ、なっ……ワルプル…………ふ、不具者をいじめちゃいかん!
ワルプル  鍵、出せ。
ルゴシ   え?
ワルプル  鍵束持ってんの、てめえだろ?
ルゴシ   お前……………。
ワルプル  出せよ
ルゴシ   ………。

〔ルゴシ、しばらくためらうが、内ポケットから、ジャラリと、鍵束を出す。ワルプル、すばやくそれを奪い、ルゴシの体から手を離す。ルゴシ、つんのめるようにして離れると、苦しそうに咳込む。ワルプル、ナイフをリタとルゴシにかざしたまま、片手で鍵束をジャラジャラいわせる。〕

ワルプル  へへっ……へへへへっ……………へっへへっへへっへっーだ!出ていくぜ……
      こんなとっからよ。出てってやるぜ!
ルゴシ   ……お前……必ず後悔するぞ!
ワルプル  バカヤロー!(お盆の上に置かれたコップを取り、ルゴシの顔にかける)
      これからはな、水だって好きな時に好きなだけ飲むぜ。血だって、吸い放題よ!
      (後ろの4人に)おい! お前らもな、いつまでもそんな事してるとよお、本当
      に、ノミだの、ヒルだのになっちまうぞ!

〔ワルプル、彼等4人にも、コップの水をかける。〕

ワルプル  じゃあな。ココのだんなによろしくなっ!

〔ワルプル、走り去る。4人、顔からしずくを垂らしながら、ボーッとしている。〕

リタ    どうしましょぉ!
ルゴシ   追え!…………すぐ、後を追うんだ!

〔リタ、去る。ルゴシも出口まで走り、〕

ルゴシ   だんな様! だんな様! 大変です! だんな様!
ヨーカン  カ。
ナル    ノミ。
3     ダニ。
4     ヒル。
ルゴシ   ( 驚いて、振り向き)……何だ、お前ら………
ヨーカン  カ!
ナル    ノミ!
3     ダニ!
4     ヒル!
ルゴシ   ………何言ってんだ!
ヨーカン  カ!
ナル    ノミ!
ルゴシ   やめろ!
3     ダニ!
4     ヒル!
ルゴシ   やめろ! やめろ!
ヨーカン  カ!!
ナル    ノミ!!
3     ダニ!!
4     ヒル!!
ルゴシ   やめろ––––––––––––っ!!

〔ルゴシ、彼等に飛びつき、胸ぐらをつかむ。突然、暗転。音楽。
 “ファッツ・ニュー・プシー・キャット”。しばらくして、明りが入ると、下手の隅に、
 少年が2人、帽子を被って、つっ立っている。舞台の後ろの方に、大きな鉄板のような
 ものが置かれ、壁は見えない、つまり、ここは先程の地下室ではなく、外、街のどこかに
 なったのだと、演出家は言いたいのだろう。上手より、曲にのってフラフラとワルプルギス
 現われる。走り疲れて荒い息だが、上機嫌のようだ。2人の少年を見つける。〕
   

ワルプル  よお!…………へへ…………いいてんきだな!……………おい!
2人    …………………。
ワルプル  へっへ……よお! 何かいい事ないかい、子猫ちゃん!
2人    (ワルプルを見る。が、へんなヤツ、といった表情で又、前を向く)
ワルプル  何だい…………なに、黙っちゃってんだよ!

(と言いながら、ワルプルギス、近づいていく。2人はワルプルギスと入れかわるようにし
 て、上手に走って逃げる。〕

ワルプル  おりっ!…………何だよ、逃げんなよ。おいっ!

〔と、又、近づく。2人は、下手に走って戻る。〕

ワルプル  おりっ? おりりりりっ?…………お兄さん、嫌われちゃったかな?
2人    ……………。
ワルプル  へっ!……気取っちゃってよお………何とか言えよ!
1     うるさいなあ。
ワルプル  何?………何だと、このヤロー!

〔と、2人に向かっていく。2人、また上手に逃げる。〕

ワルプル  …………。
2人    …………。
ワルプル  …………お前ら、ここで何してんだよ。散歩か?
2人    ……………。
ワルプル  学校かなんか、いく途中か?
2人    …………。
ワルプル  わかった、あれだ。ここで誰か待ってんだな。
1     あなた、誰ですか?
ワルプル  あ?
1     何の用なんです。
ワルプル  まあ、いいじゃねえか。お前、いくつだよ。
1     知りません。
ワルプル  ふーん。そっちは?
1     ………しつこいですよ。あなた
ワルプル  (黙っている2の顔をジッと見て) うお?………なかなか、可愛い顔してんじゃ
      ねぇか。
2     ………………。
ワルプル  よお、そっちの。もっとよく、顔みせろよ。
2     (そむける)
ワルプル  いいじゃねえかよ。こっち、向ったら!(と、2に近づこうとする)
1     やめて下さいよ!
ワルプル  (急にマジの顔で) お前は黙ってろよ!

〔と、少年1を突き飛ばす。少年1、簡単に倒れる。〕

1     何すんですかあ!
ワルプル  オイ、こっち向けよ。……向けってんだ!

乱暴に2の肩に手をかける。〕

ワルプル  オレが愛してやるからよォ!

〔ワルプルギス、いきなり2の体を引き寄せ、首に噛みつく。〕

2     (小さく) あ!
1     な! 何すんですかっ!

〔1、ワルプルギスの背中に飛びつき、引き剥がそうとする。〕

1     やめて下さいっ! 何してんですか! やめて–––––。

〔突然、ワルプルギスの体、弾けるように2から離れる。1、また突き飛ばされた形になる。
 絶叫! それは、2でも1でもなく、ワルプルギスの悲鳴だ。〕

ワルプル  うあ–––––––! うっ! うあ––––––––っ!

〔音楽。ワルプルギス、噛をかきむしり、床を転げ回る。1、びっくりしてワルプルギス
 を見る。何が何だか、わからない。2を見る。呆然と立っている2の首筋に血の痕を
 見つける。〕

1     お、お前………その首………!

〔2、自分の首に手を当てる。離す。指先に血がついている。それをボンヤリと、人ごとの
 ように見つめる。その時、リタ、飛び込んでくる。〕

リタ    いたわっ!……だんな様! こっちです! 早く!

〔続いて、ココ、飛び込んで来る。転がり回っているワルプルギスを見つけ、駆け寄る。〕

ココ    ワルプルギスッ! どうしたっ! おいっ! 何があったんだ!
ワルプル  ………ううっ……ハァハァ……あ…あいつ………ハァハァ………あいつ…
      女だ!女だよ–––––!
ココ    !

〔音楽、変わる。ココ、ひきつった顔で、サスの中に浮かび上がる。少年(と思っていた少女)
 を見る。少女、まだ、指先を見たまま、おもむろに口を開く。〕

少女    兄さん………あたし。
兄     どしたっ!

〔少女、あえいでいるワルプルギスを、スッと指差し、棒読みで〕

少女    ………あたし、………あの子の。ハートが欲しい。
兄     へ?
少女    あたし。あの子のハートが欲しい。
兄     何言ってるんだよ!
少女    (ワルプルギスの顔を見る) あの子の。心臓が欲しいの。
兄     –––––!

〔後ろの鉄板のようなパネルに、巨大な心臓の絵が浮かび上がる。(スライド)
 ビックリして、妹の顔を見ていた兄、マジックをかけられたように、ビクンと両手を前に差し出し、クルリとワルプルギスの方を向くと、夢遊病者のように歩いていく。兄の手が、ワルプルギスの体にかかりそうになった瞬間、それまで呆然と見ていたココ、怒りに震えて、ステッキを振り上げると兄の顔めがけて振り下ろす。〕

ココ    目をさませっ!! バカ者–––––––––––っ!!

〔兄、倒れて、舞台の奥に転がる。ココ、さらに追い、兄の顔を押さえながら、
 パネルに手をかけ這い上がる。〕

兄     目が! 目があっ!

〔スライドの明りで照らされた兄の顔。両目から血が溢れ、だらだらと頬をつたわっている。
 しかし、少女は見向きもせず、ワルプルギスの顔を見つめている。ワルプルギスも、少女を
 見ている。ゆっくり、暗転していく。〕

–––––これより、10分間の休憩です。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
休憩中、ざわついている客席。何人かは、立ち上がり、お尻をさすっている。「期待はずれね」「いや、やっぱり、マーキュロが1番いいよ」「私は面白いわ!」などと、あいかわらず勝手な意見の花盛り。24歳くらいのシリアスな顔をしたお兄さんが、「前作に比べて完成度が低いな」などと、つぶやいたりしている。さて、そのお兄さんが、さらに顔をしかめるようないいかげんさで、下手の幕がめくられ、バケツのような大きな台を胸に抱き、1人の少女ヘコヘコと現われる。やは、完成度などからかけはなれたその顔。台を床に置くと、その上にちょこんと乗り、バイオリンを取り出す。〕

少女   えーと、私は、これからバイオリンをひきます。でもこれは休憩中の音楽なので、
     皆さんは、トイレに行ったり、タバコをすったり、勝手にお話ししたりしていて
     下さい。では、ひきます。

少女、おもむろにひきだす。そして、ひき終わる。ペコリと頭を下げる。拍手する人もいる
 かしら。少女、胸にかかった「休憩中」の札を裏返す。「幕間劇」と書かれてある。客電落
 ちる。少女、再びひきだす。幕の真ん中をめくって白いステッキをついて、黒いメガネをか
 けた兄と少女が入ってくる。2人、そのままセンターで、真正面を向き、アメリカン・ナ
 イーブといった感じで、つっ立っている。兄の方は、何というか、メチャクチャな取り合わ
 せの服を着ている。おもむろに、少女、口を開く。〕

妹     ………兄さん。どう、まだ痛む?
兄     大丈夫だよ、ワーミー。
ワーミー  あのね、にいさ、今日も、とってもいいお天気なのよ。兄さんには見えない
      だろうけど。 
兄     ………そうだね。
ワーミー  だからね、今日は、とっても、オシャレにしてあげたわ!大丈夫よ、メクラだっ
      て、オシャレすればかっこいいわ!
兄     ………うん、そうだね。………………ネ、ネクタイは何色にしてくれた?
ワーミー  もっちろん、兄さんの大好きなダーク・ブルーよ。(と、ウソをつく)それから、
      真っ白いシャツに黒いベルト。(と、これもウソ)…………それから、ズボンも、
      すごくカッコイイわ!
兄     そ、そうかい。(と、このバカは照れる)
ワーミー  あたし、こんなステキな兄さんがいて、とってもウレシイわ!…メクラだけど。
兄     あ、あんまり、メクラ、メクラ言うなよ。
ワーミー  だって、しょーがないでしょ。メクラなんだから。
兄     …………………お前、……………本当に、オレが好きか?
ワーミー  もちろんよ。
兄     じゃあ! 何故、あいつの心臓なんか、欲しがるんだ!!
  

〔バイオリンの少女、兄の声に驚き、手を止める。〕

ワーミー  ……………………わかんないわ………わかんないわ………わかんないわ………。
兄     ………………で、これから、どうするつもりなんだい?
ワーミー  そんなこと、兄さんが心配することないわよ。そんなに考えたりすると、体に悪
      いわ。バカなんだから。で、バカの上にメクラでしょ? 兄さんは何も考えず毎
      日オシャレしてボーッとしてればそれでいいのよ。
兄      ………………………。
ワーミー  さ、行きましょ。
兄     どこへ?
ワーミー  どこでもいいでしょ。
兄     そんなこと言ったってー。
ワーミー  ほら、また考える!ダメよ……さ、いい?こっちを向いて(と、兄の体を下手の
      方に向かせる)そう、そのまま、まっすぐ歩いてね!
兄     こ、こっちかい?(と、杖でコツコツ道を確かめながら進みはじめる)
ワーミー  そうそう!その調子よ!そのまま、まっすぐ!まっすぐよ!

〔ワーミー、言いながら、幕をめくって姿を消す。あm兄、コツコツ進んでいくが、
 下手カベに突き当たる。〕

兄     あれ? 何だ、行き止まりじゃないか。だめだよ、ワーミー、嘘をついちゃ。

〔間。バイオリンの少女、また弾き始める。〕

兄     ……………………ワーミー? どうしたんだ、何故、黙ってるんだよ。
      そこに、いるんだろ? ワーミー!!……………ワーミー––––––––ッ!
      ……………………ワーミー。

–––休憩おしまい
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

〔暗転。同時に心臓の鼓動。舞台中央に明りが入る。銀色に光る、アルミのベッドが置かれ、その上にワルプルギスが横たわっている。彼の胸は切り開かれ、心臓が胸から20cmぐらいの高さで宙に浮いている。心臓と胸はゴム管のような血管でつながっているが、その心臓は人工心臓である。心臓の一部は、心音に合わせ、かすかに動いている。その心臓を、両脇からのぞき込んでいる2つの顔。リタとココである。〕

リタ    …ハートよハートよハートさん。この世で1番、みにくい人は誰ですか?
ココ    ハートよハートよハートさん。この世で1番、恥知らずな人は誰ですか?
リタ    ハートよハートよハートさん。この世で1番、いやらしい人は誰ですか?
ココ    ハートよハートよハートさん。この世で1番、おろかな人は誰ですか?
リタ    …それは、あなたではありません。
ココ    それは、あなたでもありません。
リタ・ココ …それは、1人の少女です。
ココ    (突然) くっそ〜ぉぉっっっ!
リタ    ダメですっ! そんなに怒鳴ってはワルプルにひびきます! だんな様っ!
ココ    …にくい…にくいのだよリタ。
リタ    お気持ちは分かりますけどー。
ココ    見ろ、これを! …この、変色して、異常にふくれ上がったこの心臓をっ!
リタ    ええ…。
ココ    動いてはいる。かろうじて動いてはいる。しかし、見ろ!もう絶え絶えだ…。
リタ    でも…何故?
ココ    わからん…、わからんよ…。私の研究の粋を集めたこの心臓が…こともあろう
      に、あんな小娘の…小娘の…小娘の! 小娘の!! 小娘のっ!!
リタ    だんな様!
ココ    ………小娘の……たった数滴の血液で……。
リタ    …ワルプルは、これからどうなるのかしら…。
ココ    一度まちがった方程式を覚えると、永久に答えにはたどりつかない…。この心臓
      も。私の手を離れて、1人歩きを始めおった…。もはや、化物だよ…化物だ…。
リタ    こわい…。
ココ    リタ。一応、やるだけのことはやってみる。それでダメなら…その時は…。
リタ    まさか⁈

〔強い音楽と共に、上手の扉がゆっくりと降りて来て、奥から1幕の4人の吸血少年たちが、それぞれ獲物を1人づつ抱き入って来る。寝ているワルプルの前に1列に並ぶ。ココ、つかつかと彼らに歩み寄る。〕

ココ    よろしい。では、報告したまえ。
ナル    報告します。17歳の高校生、名前は浜里堅太郎。昨日午後2時過ぎ、街頭の自
      販機本を購入しようとしている所を襲いました。
ココ    おお、よし、若いな!次は!
ヨーカン  報告します。19歳の予備校生、名前は田口貴郎。今朝4時20分頃、池袋駅
      北口付近のベンチで1人で牛乳を飲んでいる所を襲いました。
ココ    のろまなやつ。次!
土方    報告します。年齢不詳、名前はチョウ・イーツェン。在日中国人。昨日、だんな
      様と商談に行った際、だんな様の一声で有無を言わさず噛み倒しました。
リタ    ちょ、ちょっと、この人⁈
たつる   報告します。同じく年齢不詳、名前も不明。チョウ・イーツェンに使用人として
      雇われ、通訳も兼ねていました。チョウが襲われた際、大騒ぎしましたので、
      つづけて襲いました。
リタ    ねえ、この人たち!
ココ    そうだ。いつも屍体を仕入れていた肉屋だよ。あ、諸君!獲物はそこのテーブル
      の上にでもおいて後ろに並んでくれたまえ。

〔4人、下手にある食事用のテーブルの上に抱いていた獲物を降ろしはじめる。〕

リタ    でも、よりによってなんでこんな人たちの–––––––。
ココ    急いでいるんだ。
リタ    だからって––––––。
ココ    一石二鳥なんだよ。
リタ    え?
ココ    昨日、彼らを連れて新しい屍体を買いに行ってな。
リタ    新しい屍体って、じゃあだんな様やっぱり…。
ココ    ところが、きゃつら、今度はべらぼうに値をつりあげおったんだよ。
      それも、とてもつかいものにならんような屍体にだ。
リタ    …それで…。
ココ    ああ。ま、少々年はいっているが、あの小娘の血を思えばなんのことはない。

〔リタ、それでもたえられないといったまなざしで、チョウの頭を指でつついたりする。〕

ココ    さ、諸君!! 始めましょう!!

〔音楽。4人の吸血少年、ワルプルギスのベッドのところより太いゴム管を1本づつ取出し、
くわえる。ベッドすみのマシン、動き始める。すると、ワルプルの口の上まで伸びた透明の
ガラス管の先から、血がポタポタとたれ始める。ワルプル、無意識のうちに口をあけ、落ち
て来る血をあぐあぐ飲み始める。リタ、驚いた顔で、その光景をながめている。〕

リタ    …この…この血、…もしかしてあの4人の?(と、テーブルの上につみかさねら
      れたチョウ達を指す)
ココ    (こっくり)
リタ    …なるほど…、じゃ、よごれちゃった、ワルプルの血は?

〔ココ、だまってベッドの後ろからポリタンクを持ち上げリタに見せる。
 中にどす黒い血液。〕

リタ    そっかあ、こうやって取り変えるわけね?
ココ    …少しづつ、少しづつ…。
リタ    じゃあ、きっと、ワルプルは大丈夫よ!!
ココ    それは、神のみぞ知る…。という事だ。

〔ココ、ワルプルに近づき、その顔をジッと見下ろす。ワルプルの口もとにたれていた血液
 やがて止まる。ココはそれさえ気が付かないかのように、ひたすらワルプルの顔を見つづけ
 る。ホースを口にしていた4人の吸血少年たち、放心したように口からホースをはずし、
 ココの方を見る。〕

ナル    …ココさん。
ココ    …。
ナル    ココさん。
ココ    …。
ナル    ココさん!
ヨーカン  ココさん!
リタ    だんな様!
ココ    …あ…ああ。どうした。
ナル    一応、輸血は終わりましたが…。
ココ    …そうか…。
ナル    ざっと…2000ccはいったと思うんですが…
ココ    いや…1400〜1600だ。
ナル    あ…そうですか…。じゃ…また…
ココ    (ナルを無視して) リタ。
リタ    あ、はい。
ココ    ルゴシに言って、今日中にも、ワルプルの心臓を胸の中にもどしてやってくれな
      いか。
リタ    …はい…
ココ    しばらく様子を見よう…。
ナル    あの…オレたちは…
ココ    ああ、キミらか…。キミらには、仕事をもう一つ。…………あの兄妹がいたろ?
ヨーカン  兄妹っていうのは、あの–––––。
ココ    あいつらをさがし出し、ここへ連れて来るんだ。
ヨーカン  でも、あいつら、病院かなんかに入ってるんじゃ…。
ココ    いや、必ずここらにいる。必ずこのあたりにいるはずだ!!
ナル    あいつら連れて来て、どうするんですか⁈
ココ    何も聞くな。きさまらは何も知らず、只、いわれた通りに動けばいいんだ。
ナル    ––––––––––。
ココ    ワルプルギス。…いいか、よく聞け!!…あとはお前の意志の問題だ。
      追い出すんだ。体から、心から、あの小娘を追い払うんだ!いいな!!
      …(皆に)いくぞ!!

〔ココ、くるりと身をひるがえし出口から去る。皆、ワルプルを気にしながら、ココの後を
 追う。1人残されるワルプル。苦しそうにうめき始める。部屋の後ろの壁に、ワルプルの
 影が浮かびあがる。静寂の中、ワルプルのうなされる声がしだいに高なる〕

ワルプル  …ハァハァ…ワーミー…ワーミー…ハァハァ…な、何言ってるんだよ! 
      オレはお前をかんじゃいないよ!ハァ…いいか?もう1度だけ言うがなぁ…
      エッ⁈ オレの心臓が? バカヤロー!!オレの心臓は胸ん中だ!! 
      ハァハァ…え⁉︎ オレの胸の中に心臓が無いって⁉︎ …チッ! 本当はなぁ、
      オレには、体がねえんだよぉ! 何いっ! 畜生っ! そうかよぉ…ハァハァ…
      やってやらぁ…やられてえならやってやらぁっ! うわっ!!…うわああっ!!

〔ワルプル、絶叫と共に、再び昏睡状態に入る。荒い息だけが聞こえて来る。その時、食事用
 のテーブルの下から、ワーミーがごそごそはい出てくる。じっと、横たわるワルプルを見つ
 める。背中には、柱時計を背負い、右手にカナヅチ、左手にクイを持っている。そろそろと
 近づき、クイを飛び出した心臓からのびたゴム管の根元にあてがう。〕

ワーミー  …ねえ。来たわよ。約束通り、ちゃんと来たわ。…今すぐそこからはなしてあげ
      るからね。
  

〔ワーミー、カナヅチでクイをゴチンとたたく。〕

ワルプル  痛えっ!!(と目をさます)

〔ワーミー、あわててとびさり、カナヅチとクイを後ろにかくす。〕

ワルプル  (ワーミーを見て驚く)  お、お前っ!
ワーミー  (どぎまぎして)   や、やあ。久しぶりね。
ワルプル  お前! 今、何した⁉︎ オレの体に何した!!
ワーミー  全然。なんにも…。
ワルプル  うそつけ!…そりゃ何だよ。何後ろにかくしてんだよ。
ワーミー  あ、いえ、これは…カナヅチ。ほら、只のカナヅチ。
ワルプル  もうかたっぽは⁈
ワーミー  …あ、ううんと…あの…クイ。
ワルプル  !て、てめぇ、オレを殺しに来たな!!
ワーミー  ち、違うわよ!! 心臓! 心臓だけよ!
ワルプル  心臓だけ何だよ。
ワーミー  だから、キミはいらないからね、心臓だけもらおうと思って‥。
ワルプル  心臓だけって…分けるなよ!オレと心臓を分けて考えるなよ。
ワーミー  そ、そんなこと言ったって…。
ワルプル  お、お前、心臓ぬかれてよぉ、そのあとオレはどうしたらいいんだよ!
ワーミー  あ、それはちゃんと考えてんのよ。それは、もちろんもらいっぱなしじゃ悪い
      と思ってね。かわりはちゃんと持って来たの。
ワルプル  かわり?
ワーミー  うん。ほら、これ。この柱時計。
ワルプル  柱時計だぁ?
ワーミー  うん。ほら、これね、ちゃんとね、鳴るんだから。

〔といって、時計をボンボン鳴らす。〕

ワルプル  …。
ワーミー  ねっ?
ワルプル  そんなもんをだな…。
ワーミー  え?
ワルプル  そんなもんを心臓のかわりにもらって、どおしろってんだよ!!
ワーミー  だって…えーと…だって、ネコはね…えーっと、子ネコのうちに、捨てられ
      ちゃったとするでしょう?
ワルプル  ネコの話なんかしてねぇぞ!
ワーミー  最後まで聞きなさいよ!
ワルプル  …。
ワーミー  それでね、その捨てられたネコを拾ったとするでしょ?
ワルプル  だれが?
ワーミー  だれでもいいから。それでね、拾って来て飼うんだけど、親ネコがいないと、
      最初、さみしがってなかなか眠らないのよ。
ワルプル  あ、そう。
ワーミー  それでね、寝つかせるためには、どうすればいいと思う?
ワルプル  知らねぇよ。知らねえし、知りたくもねぇよ。
ワーミー  時計よ! 時計を横に置いてやるとね、とたんにスヤスヤ眠るってわけなの。
      ね、不思議でしょう?
ワルプル  ふあ〜あ (とあくび)
ワーミー  何故かっていうとね、子ネコには、その時計の音が親ネコの心臓の音に聞こえる
      からなのよ!
ワルプル  …お前ねぇ…
ワーミー  だから…、だから…
ワルプル  オレはネコじゃねぇんだよ!!
ワーミー  …… (悲しそうに下向く)
ワルプル  ……バカヤロウ。
ワーミー  ……そんなに…オコンなくたっていいじゃないよ…。
ワルプル  とにかくな、オレはお前が大キライなんだよ! だいたいなぁ、お前のおかげで
      オレはこんな目にあったんだからな。とっととオレの前から消えてくれよ!
ワーミー  …でも…
ワルプル  そんでなぁ、たのむから2度とオレに顔見せねェでくれよ! な!
ワーミー  …でも…もし…もし、あなたがアタシのことキライでも、心臓はアタシのこと
      好きだったらどうする?
ワルプル  だから分けるなよ。オレと心臓をわけるなって!
ワーミー  …いいわよ。…それなら…直接、心臓に聞いてみるから…。

〔ワーミー、いきなりつかつかとワルプルに歩みより彼の心臓の上に手をかざす。〕

ワルプル なっ…何すんだよ!

〔ワーミー、おもいきって手で心臓をつかむ。〕

ワルプル  お、おいっ!!
ワーミー  シ! だまって!‥私は、あなたの心臓にだけ話しかけてるんだから。
ワルプル  ………。
ワーミー  ねぇ?……聞こえる? 聞こえるでしょう?
ワルプル  ……。
ワーミー  聞こえたら、返事をしてよ。

〔心臓の鼓動が大きくドックンと響く。〕

ワルプル  うわあああっ!!
ワーミー  私の名前はワーミー。わかる?ワーミー。…あたし、あんたの嫌いな女の子。
心臓    (ドックン)
ワルプル  …………………。
ワーミー  このあいだは、あたしのせいで苦しい思いをさせちゃったわね。
      …ゴメンナサイ。
心臓    (ドックン)
ワーミー  でも…あの時…、何故あんな事を言ったのか、自分でもわからないの。
      …ほんとに‥わからないわ。…もしかしたら…きっと、あなたがそう言わせたん
      じゃないかって思ってるの。
心臓    (ドックン ドックン)
ワーミー  そう?やっぱりそうよね!…あの時、私の首の皮膚がちょっとやぶれて、そこか
      ら、あなたのところまで1本のケーブルができたでしょ? そのケーブルをつた
      わってね、こう信号が…、信号みたいなものが送られて来たの––––––––。
ワルプル  やめてくれよ…。
ワーミー  あたしの血が欲しい…、あたしの血が欲しいって…。
ワルプル  もう、やめてくれよ〜っ!!
ワーミー  ワルプルギス!
ワルプル  やめろっ! 離れろっ! 畜生! 返事するなよ! きさまぁぁぁっ!!
      勝手に返事するなよ〜っ!!

〔ワルプル、叫びながら体をジタバタさせる。〕

ワーミー  わかったわ。もうしない。 もうしないわよ!
ワルプル  やめろ…やめ…ハァ…ハァ…ハァ…ウッ…ハァ…ハァ…ハァ…ハァ…オ…オレの
      だ…ハァ…ハァ…オレのものだ…ハァ…ハァ…ハァ…ちきしょう…。
ワーミー  ……かわいそうなワルプルギス。
ワルプル  ハァ…ハァ…ハァ…出て…出ていってくれよ、たのむから…ハァ…ハァ…。
ワーミー  わかったわ…今日はもう帰る。
ワルプル  ハァ…ハァ…早く出て行け…。
ワーミー  でも、あたし、また来るから。
ワルプル  冗談じゃねぇ! よしてくれよ!
ワーミー  また、来るから。
ワルプル  来るなよ?
ワーミー  来るわよ。
ワルプル  来るな〜!!
ワーミー  ………もう1度、必ず来るから。

〔音楽。ゆっくりと暗転。明かりが入ると。8人の吸血少年たちが、部屋のあちらこちらで、
 ねころんだり、カベによりかかってたりしている。たいくつそうな顔。1人が、あくびをす
 る。何もすることがない。かわいそうな、吸血少年たち。ナル、おもむろに口を開く。〕

ナル    ヨーカン…なぁ、ヨーカンよぉ………。
ヨーカン  (眠そうに)  え?
ナル    今日でよー、何日なんだろーな。
ヨーカン  何が?
ナル    え、いやさぁ、オレたちがよ。吸血鬼になっちまってよぉ。
ヨーカン  あぁ、そーだなぁ………24〜5日じゃないかなぁ……。
ナル    …そっかぁ…そんなになるかぁ……。
ヨーカン  そんなになるよぉ…。
ナル    そんなになるかぁ……。
田口    あの……すいません。
ナル    あ?
田口    ボクは…まだ2日目なんですけど…。
ナル    おお、だから何なんだよ。
田口    あの…ボクたちは、いつまでここでこうしてるんでしょうか?
ナル    そりゃあ、お前…ずーっとじゃねぇの?
田口    ずーっと? ずーっとって言うと……。
ナル    だから何ていうか…ずーっとだよ。
田口    え?
浜里    いや、田口くん。つまりさぁ、ボクたちは吸血鬼なんだろ?
田口    ウン。
浜里    だからやっぱり、‥‥永遠の命があるんじゃないかなぁ‥。
田口    …永遠の命⁉︎
浜里    ああ。
田口    じゃ…ボクたち、死なないんですか?
浜里    ああ。
田口    死なないって…。じゃあ、こう、ビルの屋上から飛び降りるとか、えっと、
      車にぶつかるとかしても、死なないわけですか?
浜里    いや、そういわれたって、こまるけどさぁ…。
たつる   いや…キミたち…
田口    え?
たつる   実は、そうなんだよ…。
田口    じゃ…。
たつる   あぁ…ボクはね、やってみたんだ。ホラ、ココだよ。

〔と言って、たつる、上着をめくっておなかを見せる。〕

浜里・田口 うわっ……そのおなか!!

〔何かと思い、チョウと下男もかけよる。〕

たつる   ああ、ためしに5cm2mm、穴をあけてみたんだ…。そしたらね、血は出るん
      だ。…ウン…だけどね、ホラ何ともないの、痛くもないの。
4人    す、すげ〜。
土方    なんだ…、キミたち。だめだよ、そんなんでおどろいてちゃ。ボクなんてね、
      ホラ、見て、この腕。ぶらぶらでしょ‥。
4人    おお…
土方    ね? 3カ所も複雑骨折してんの。 でもねぇ、なんともないの。
4人    おお〜っ!
ナル    なんだ、なんだ。オレなんかもっとすごいぜ!ホラ、見ろよ、口の中。

〔皆、かけよって見る。〕

4人    うわ〜っ!!
ナル    な? もう口の中、そこらじゅう腐ってんだろ? もうな、ウジがわき始め
      てんの…な!
チョウ   (興奮して) XXXXXX、XXXXX!!
ナル    お?
チョウ   XXXXX!!
ナル    何? 何言ってっか、わかんねーよ。日本語しゃべれよ日本語!!
ヨーカン  はっはっはっ、まぁまぁキミたち! ボクなんかねぇ、もっとすごいよぉ〜。
      こないだ、あそこの鉄の角に頭ぶつけちゃってねぇ、…ホラ!!
4人    うわ〜!!
ヨーカン  ね? 頭蓋骨パッカリ割れちゃって、脳みそ半分こぼれちゃってんの。
      ね…でもねえ、死なないのぉ…。 はっはっはっ…。
4人    こりゃすげーや!!
ヨーカン  ね、ちょっとこの棒キレで、かきまわしてごらん?
浜里    ………こ…こうですか?

〔と、おそるおそるヨーカンの脳をかきまぜる。〕

ヨーカン  あ〜、気持ちいい〜、あっはっは〜!!
4人    おお〜っ!!(と思わず拍手) パチパチパチ…。

〔その時、突然ワルプル、うめき声をあげる。〕

ワルプル  うう〜!…ハァ…ハァ…、うるせぇ…うるせぇよ!
ナル    何だと⁈
ヨーカン  おい、よせよナル。また、うなされてんだよ!!
ワルプル  うう…ワーミー…ワーミー…。
ナル    へっ!! こいつ‥また女の名前呼んでやがるぜ…。
たつる   しょうがねぇなぁ!
ナル    おい! 先輩! ワルプルギス先輩!
ワルプル  ワー…ワーミー…。
ナル    へっ! だめだこりゃ!
田口    情けないな〜。
ヨーカン  (部屋のスミから、太い鉄パイプを探してきて皆に差し出し) ねえ、こいつ、
      これでちょっと叩いてみねーか?
ナル    おお! そりゃおもしれーな! ちょっとかしてみろよ!
浜里    そ、そんなことして、大丈夫ですか?
ヨーカン  平気だよ、 こいつだって腕の1本や2本へしおったって死にゃーしねー
      んだから…。
浜里    でもココさんが…。
ナル    いいんだよ! ココさんだってよ、どーせもう、こいつのことは、
      あきらめてんだから。
浜里    えー⁉︎
たつる   やっぱり、そうかな?
ナル    ああ、なんかよ、もう、ルゴシさんと2人でよ、2作目を着々と作っている
      らしいぜ。
皆     ほんとに? もう?
ナル    あ〜あ、ココさんてのは、そーいう人よ。
土方    でも…なんか、ワルプルさんが、かわいそうな気もしますねぇ…。
ナル    じょーだんじゃねえよ!さんざ調子いいこと言ってよ、オレたちに水ぶっかけて
      出ていったんだぜ!それが、今じゃこのザマだ…。
たつる   ホント、ホント。
ナル    さあ、早くたたんじまおーぜ!! へへっ!
ヨーカン  じゃあ、どっからいこーか⁉︎ どっからさぁ⁉︎
ナル    ほんじゃあ、まずよ、右の足首といくか! せーの!
皆     せーの!!

〔とナル、鉄棒を振りあげる。その時、上手ドームからココ、かけこんでくる。〕

ココ    おい! よさんか、バカ者!
皆     …ココさん…。

〔ココ、つかつか歩み寄り、ナルの手から、鉄棒を奪い床に捨てる。〕

ココ    これは、どういうことなんだ!
ナル    …いや…だってこいつが…。
ココ    こいつなどと言うな!
ナル    …ワルプルギスさんが…、また女の名前を呼んでたんですよ。
ヨーカン  そうですよ。ワーミー、ワーミーって。
ココ    またか…。
ヨーカン  やっぱり、もうだめなんじゃないですかね。
ココ    お前らに言われるすじあいはない!!
ナル    だけどココさんよー、一応オレたちのリーダーですからね、リーダーがこれじゃ
      あ、オレたちだってよ、なぁ?
皆     うん。
たつる   ココさん。ほんとはココさんだってもうあきらめてんでしょう?
ココ    ………………。
ナル    だってもう、2作目を製造中だっていうじゃありませんか!
ココ    …ああ……あれか、あれは、もうできた。
ヨーカン  じゃあ、教えてくださいよ! そいつが、新しいリーダーなんですか?
      どうなんです⁉︎
ココ    そうと決まったわけではない。
ナル    じゃあよ、とりあえずワルプルはダメなんだから、こん中から新しいを選んだら
      どうですか? なぁ?
ヨーカン  そう、そうですよ。
ナル    もし、もしさぁ、ココさんが、例えば、オレにやれって言ったら、オレはよろこ
      んでリーダーやらしてもらいますよ! へへっ!
ココ    調子に乗るな、バカ者!
ナル    ……あ、はい…チッ…怒られちゃったよ…。
土方    しかし、ココさん、少しくらいはボクらにも教えてくださいよ。
皆     そうですよ!!
土方    その2人目とかいうのは、どんなやつなんですか⁉︎
ナル    そうだ、そうそう。
土方    それから、もう1つ気になっているのは、こないだ、ボクらで摑まえてきた
      ワーミーとかいう子の兄。
ヨーカン  あ、それ!
土方    あいつは、どうするつもりなんですか? あんな所にずっと閉じ込めといても、
      しょうがないでしょう?
ヨーカン  そうですよ!教えて下さいよ! ねえ、ココさん!
ココ    …。
たつる   いいじゃないですか、少しは教えて下さいよ!
ナル    ココさん! お願いしますよ!
皆     ココさん!!
ココ    ……わかった。…それなら、今、教えてやろう。
皆     ……。(きんちょうして、顔を見合わせる)
ココ    では、皆でワルプルを起こしてやってくれ!

〔皆、ワルプルを無理矢理おこす。〕

ココ    よし、そうしたらワルプルのベッドを奥にずらしてくれ!

〔みん、言われるままに、ベッドを奥に運び、ココをみる。〕

ワルプル  …何だよ……。
ココ   リタ! ルゴシ! 彼をここに連れて来い!

〔音楽。リタとルゴシ、上手奥のドームから、1幕でワルプルの入っていた棺を
 押しながら入って来る。〕

皆     !!
ワルプル  何だよ…、そりゃ…オレの棺じゃねぇかよ。
ココ    そうだよ、ワルプル。
ワルプル  あれ? 何だよ? 名前が違うじゃねぇかよ…。
ルゴシ   そうだワルプル。読めるか? GESTAPO…ゲシュタポだ。
ワルプル  何だ、そりゃ…
ココ    ではルゴシ!ショーを始めてくれ!
ルゴシ   わかりました。では、諸君! いいか? まず、アインス!と叫んでくれ。
      いいか、アインス! だ。
皆     アインス?
ルゴシ   いいの、いいの、意味なんてわかんなくていいから、とにかく言えばいいの!
      いい? じゃ、せーの!
皆     アインス!
ルゴシ   ダメ、ダメ! ちゃんとそろえて!もっと大声で!いい? せーの!!
皆     アインス!!

〔音楽。リタ、棺の後ろ、目覚まし時計とステッキを持って横切る。
 ココ、それを見て大笑い〕

ワルプル  何だ! 何始めんだよ!

             

〔リタ、ステッキでフタを強く打つ。フタぐぐっと持ち上がり、中から黒い皮の手袋をした手がのぞき、フタを持ち上げ、両手で顔をおおいながら起き上がる。つまり、1幕の、ワルプルギスの誕生と、まったく同じである。〕※4

ワルプル  !!

〔リタ、ゲシュタポの鼻つらに、目覚まし時計を押し付ける。そして、ゆっくりと止める。〕

ワルプル  やめろ!やめてくれ〜!!
ルゴシ   心配するなワルプル! ここからは、オマエとは違う!(と、棺の上に飛びのる)
      まず、よく彼を見ろ!
下男    くさい! この人何かくさい!
田口    ほんとだ、くせぇ! ネズミくせぇ!
ルゴシ   そーだ、少々におうのも当たり前。いいか?…………彼の体はほとんどネズミの
      肉でつくられてる。
ヨーカン  うぇぇぇぇっ! 気持ち悪いぃ〜っ!
ルゴシ   それというのも、皆、そこにいるチョウ・イーツェンのせいだ!
チョウ   XXXXX。
ルゴシ   そいつがロクに使えんような腐りきった屍体しか用意しなかったからだ! 
      おかげで見ろ! 彼には眼球が1つしかない。そればかりか声帯もない!
      ゲシュタポ!ちょっと何かしゃべってみろ!
ゲシュタポ ア〜、ウ〜。
ルゴシ   と、こういうわけだ! おまけに彼の脳もネズミの脳だ。したがって知能指数
      は…、ない、ゼロだ。 見ろ、このくさった笑いを。え? うれしいのか、
      ゲシュタポ? 何がそんなにうれしいんだ? え? 
      (と言いながら、ゲシュタポの頭をぴしゃぴしゃたたく)
            

ゲシュタポ ア〜ア〜(と笑う)
ルゴシ   しかし、彼はエリートだ。 エリートの中のエリートだ。 彼の闘争本能はとぎ
      すまされている。そしてネズミの敏捷性、危険に対する直感力。いわば、歩く兵
      器だ。彼は決して負けない! 負ける事を知らない! 美しい「勝利」という
      観念が彼の全てだ!!
ゲシュタポ ア〜ア〜(叫ぶ)
ルゴシ   …とまぁ、我々はワルプルギスの失敗を、このように生かしたというわけです。
      あーつかれた。(と棺から飛びおりる)
ワルプル  ……なるほど…、これでオレはおはらい箱ってわけだ…。
ココ    そうは言ってない。お前にはまだ、最後のチャンスが残してある…。
       諸君! あの小娘の兄を連れて来てくれ!
皆     はい!

〔皆、どやどやと、上手ドームから去る。〕

ワルプル  小娘の兄って…まさか…。
ココ    そうだ、お前が夢にまで見るワーミーちゃんのお兄様だよ。
ワルプル  あいつが何でここにいるんだ!
ココ    私はな、ワルプル、手回しの速さだけで生きて来たような人間でな…。

〔皆、兄をこづきながら、どやどやともどって来る。兄、混乱した表情で、叫んでいる。〕

兄     何すんですか!! やめて下さいよ〜!!
ココ    おーや、お兄さん、落ち着いて、落ち着いて!
兄     …あんた!! (声で、それがココであることがわかる)
ココ    お目々がズキズキ痛みますか?
兄     ワーミーはどこだ!!
ココ    ワーミーちゃんは、ここにはいませんよ。
兄     うそつけ! お前がどうにかしたんだろうっ!
ココ    とーんでもない。第一、わたくし、女の子は大っキライでしてね。
      ここには1歩も入れさせませんよ…。
兄     ちくしょ〜…、じゃあ…ボクを…どうしようってんですか?
ココ    あなた、お兄さんでしょう? ですからね、妹さんのしてしまった事には、
      責任を持って対処していただきたい。
兄     目、つぶしたじゃないか〜!!
ココ    あぁ、目。目なんかつぶれたら、又入れりゃいいでしょーが。
兄     ぐっ!!
ココ    しかしねぇ、ワルプルは死にかかっているんだ!!
兄     …………何を…、何をすればいいんですか…………。
ココ    愛の献血。
兄     へ?
ココ    献血です。 1つよろしくお願いしますよ。
兄     …はっ…はははっ、何だ、そんな、そんな事だったのか〜。
ココ    じゃ、やっていただける。
兄     でも、でも血液型があうんですか? えーっとボクはA型ですけど…。

〔皆、バカにして大笑い。〕

ココ    あのね、血液型はいいの、血液型は。
兄     は?
ココ    どんな型の血液が混ざり合っても決して凝固しない。
      そのために研究した心臓ですからねぇ……。
兄     …⁉︎
ココ    やはり…、吸血鬼を造る際、1番苦労したのはその点でした。互いに異なる血液
      型が混ざると、普通、拒否反応をおこし凝固してしまう。私はそこを、カやノミ
      やヒルに学んだのです。彼ら吸血生物のしくみに…! しかし、そのかわりにと
      言っては何だが、女の血液に対しては、わざと拒否反応を起こすようにしてし
      まった。それが…、命とりでした。
兄     ……あんた…、あんた…、あんた……!!
ココ    さ、諸君! 皆で献血室まで(棺を叩き)案内してやってくれ!
皆     (目を輝かせ) はい!!
ナル    ヘヘッ! こりゃいーや! ヘヘっ!

〔皆、おびえている兄に、にじりより、棺の方にむかわせる。〕

ワルプル  やめろ! お前ら、やめろ!!
ナル    うるせぇっ!!
ワルプル  オレは、そいつの血なんか飲まねぇぞ!!
ココ    なぜだ! なぜ飲めん! お前、いつからそんなヒューマニストになった!
ワルプル  …………。

〔皆、棺の前に立ちすくむ。 
 兄のまわりをとりかこみ、ネコのまねをしてからかい始める。〕

皆     ニャーオ、ニャーオ…。
ココ    ゲシュタポ、それでは横たわってくれ!
ゲシュタポ あ〜〜っ!!
皆     ニャーオ、ニャーオ…
兄     やめて…やめてよぉっ!!
皆     ニャ〜〜オ! ニャ〜〜〜オ! ニャ〜〜〜〜オ!!
ココ    よし、彼を中に入れろ!!

〔皆、兄にとびかかり、体を高く持ち上げ、棺の上に持っていく。棺の中から、ゲシュタポの
 手が伸びる。皆兄の体をゆっくりその上におろして行く。 おろし終わるとパッと離れる。
 いれかわりに、ココ、棺にとびつき、バン!! とフタをしめる。〕

ココ    押さえろ! フタを押さえろ!

〔何人か棺にとびつきフタを押さえる。中から悲鳴と、激しい物音、ゲシュタポのうめき声
 などがもれる。時々、フタがすごい力で押し上げられガタガタいう。 やがて、棺の前面
 にあいた小さな穴から、ポタポタと血が垂れ始める。ココ、部屋のスミに走り、フラスコ
 を持って来る。〕

ココ    おい! 棺から垂れる血を集めろ!

〔ココ、フラスコを渡し、垂れる血を集めさせる。やがて、フラスコ、地でいっぱいになり、
 棺の中も静かになる。ココ、ふるえる手でゆっくりとフタを開ける。〕

ココ    ゲシュタポ…、立て!

〔ゲシュタポ、ヘラヘラ笑いながら、兄を抱きかかえ、立ち上がる。兄、ボロきれのように
 ズタズタにされ、血まみれで絶命している。〕

ワルプル  う…うわぁっ!
ココ    (フラスコをかざし)…諸君、あとはお前らにくれてやる。そして血を吸いつくし
      たら、残りの肉は、ゲシュタポとマウスどものエサにでもしてやってくれ!!

〔皆、一斉に棺にかけより、兄の体にむしゃぶりつく。あぶれた者は棺の底にたまった血や、
 外の穴からまだ垂れ続ける血をすする。その上で立ちつくし、笑いつづけるゲシュタポ。
 ワルプルギスは、耐えられないといった感じで頭を覆う。ココ、リタ、ルゴシは、その光景
 を冷ややかに見ている。ゆっくりと暗転。音楽、なつかしい「マルセリーナの唄」にすりか
 わる。明りが入ると、白いテーブルのイスに、ココとワーミーが座っている。テーブルの上
 には、いくつかの料理が並べられている。少女は音楽と一緒に口ずさんでいる。〕

ココ    さぁ、お嬢ちゃん、いかがです? これがフォアグラのテリーヌ。これがムー
      ル貝のオーブン焼き。それから、子牛のメダイヨンとピスターシュ添えトマト
      ソース。さぁ、お歌はもういいから、冷めないうちに召し上がりなさい。
ワーミー  ……。
ココ    どうしました?うん?(笑って) …大丈夫ですよ毒なんて入ってやしませんから。

〔ワーミー、黙っておもむろに手を伸ばし、リンゴを1つ手に取る。〕

ココ    おや? お嬢ちゃんは果物の方がお好きですか? やっぱり女の子ですなぁ。

〔ワーミー、いきなりしゃべりだす。〕

ワーミー  すべすべしている床の上、金のカンテラ点いている。小さな頭、長い裳裾、
      椅子は1つもないのです。
ココ    …は?
ワーミー  どうして急にこんな所にアタシを呼んだの?
ココ    …あぁ…まぁ、いろいろとお詫びにねぇ…。
ワーミー  …。
ココ    お兄さんは、あれから…、どうなさいました?
ワーミー  めくらになりました。
ココ    (沈うつな顔で) そうですか…。それはお気の毒に。あぁ、それで食欲がないんで
      すな。それでしたら、ワインが1番! あ、そうそう、お嬢ちゃんは赤と白、ど
      ちらがお好みですかな?
ワーミー  ……赤。

〔ココ、手を叩いて喜ぶ。〕

ココ    そうですか、いや、よかった。お嬢ちゃんなら、きっと赤を選ばれると思いまし
      たよ。…これは、シャンベルタンといって、ナポレオンが遠征の時には必ず戦場
      に持参しましてね、連戦連勝の守り神と言われた伝説のワインですよ。

〔と言って、ココ、グラスにワインを注ぐ。〕

ワーミー  …わ…、きれい。
ココ    でしょう? 味もコクがあって、きめ細やかですよ。

〔ワーミー、グラスを受け取り、香りをかぐ。〕

ワーミー  …んっ。
ココ    どうしました。
ワーミー  このワイン…、変わった香りがする‥。
ココ    気のせいでしょ。さあ、ひと口お飲みになってみるといい。
ワーミー  …。
ココ    さぁ!
ワーミー  …いや。飲めないわ。

〔とワーミー、グラスをココに突き返す。ココ、しぶしぶそれを受け取る。〕

ココ    …そうですか…それはざんねんだ。…せっかくあなたも、吸血鬼の気分が味わえ
      たのに…。
ワーミー  …? (ココを見る)
ココ    はっはっはっ…。あまりもったいぶるのも悪趣味ですからな、ここらではっきり
      言いましょう。…それはね、あなたのお兄様の血液です。
ワーミー  !!……兄の…血?
ココ    あ、お兄様ですか? お兄様はね、あそこ!
      (と、ベッドの上に置かれたビンを指差す)  あそこに、ほら、大きなビンがあっ
      て、中にネズミが30匹程いるでしょう? それで、あいつらが今ちょうど赤い
      肉をついばんでるんですけど…見えます?
ワーミー  …?
ココ    あれがね、お兄様の最後のひとかけら。
ワーミー  !!
ココ    …ねぇ…あんなにちっちゃくなっちゃって!…まぁ、もともとあまり大きい人
      じゃありませんでしたがねぇ。はっはっはっ。

〔わ、凍りついたように無表情で、テーブルクロスをギュッと掴む。静かに、ゆっくり立ち上がる。そのまま、後ろに後ずさる。テーブルの上のすべてが激しい音をたてて床に落ちる。〕

ココ    ………フォアグラってすごく高いんですけど。
ワーミー  ……。

〔暗い音楽〕

ココ    ……お嬢ちゃん、こんな話を知っていますか?…ネズミの集団はね、餓死寸前に
      なると、申し合わせたように、一勢に仲間の背に馬乗りになるんです。すると、
      1番弱い者が下敷きになって窒息し、皆の餌食となる…。そうやって生きのびて
      ゆくんです。
ワーミー  ……兄は、ネズミじゃないわ。
ココ    ……いや、ネズミです。お兄様も…、あなたも…。
ワーミー  ……。
ココ    そして、…(扉を指差し)…あいつらも…。

〔その時、突然上手の扉がガシャーンと開き、血まみれのゲシュタポ、ワルプルギスを抱いて
 現われる。続いて少年達走り込み、横1列に並ぶ。ゲシュタポ、ワルプルギスをベッドの上
 に降ろし、相変わらず笑い続けている。〕

ココ    ほら、ゲシュタポ、挨拶せんか!
ゲシュタポ あ〜、あ〜。
ワーミー  …ワルプルギス!
ワルプル  (苦しそうに) あ?…何だ、お前か…、本当にまた来たのかよ。
ワーミー  ……。
ココ    ふんっ…、ひどいざまだなぁ、ワルプルギス。まるで生きた屍だ。
ワルプル  はっはっ…、笑わせんじゃねぇよ。オレは最初から生きた屍じゃねぇか。
ココ    …ま、…そりゃそうだ。それじゃそろそろ唯の屍に戻るかね?
ワルプル  …………。
ココ    これが最後のチャンスだ。この娘の前で、こいつを飲め!

〔と言ってココ、血の入ったグラスを差し出す。〕

ワルプル  …………。
ココ    もう1度言う。…こいつを飲め。
ワルプル  おりゃ、飲まねぇって言っただろ。
ココ    そんなにこの娘に惚れたのか?
ワルプル  ふざけんじゃねぇよ!
ココ    なら何故飲めん!
ワルプル  (笑いながら) 飽きたんだよ。もう吸血鬼には飽きちまったよ!
ココ    ……それじゃあ、唯の屍に戻りなさい。
ワルプル  おーお、そうしてくれよ!
ココ    …………。
ワルプル  ほら!さっさとやれよ!
ココ    道は2つある。(淡々と) 1つはこの娘の血をもう1度吸い、のたうちまわって死
      ね。もう1つは、ゲシュタポの手を借りて、(ネズミのビンを指差し) お兄様の後
      を追え。
ワルプル  なーるほどねぇ。へっへっ。
ココ    さあ! どっちだ!!
ワルプル  ……なぁ…ココさん、もしよお、もしゲシュタポ様にやられたらよぉ、そん時は
      よ、オレの心臓だけよ、ワーミーにくれてやってくれるかよ?
ワーミー  (驚いてワルプルを見る) ワルプル…。
ココ    やだ。…絶対やだ。
ワルプル  ……そうかい。…そうくると思ったよ。………そんなら仕方ねえや! 
      ワーミーッ!!…………オレはおめぇの血を吸うぞ! いいかっ⁉︎
ワーミー  ………………。 (震えながら4回うなづく)
ココ    いいんだな?それで。
ワルプル  ああ!
ココ    諸君! ワルプルギスの記念すべき最後のディナーだ。
      せいぜい盛り上げてやってくれっ!!

〔吸血少年達、一勢に駆け寄り、ワルプルギスとワーミーを取り囲む。何人かはワルプルギス
 の体を押え、何人かはワーミーの体をワルプルギスの体と向かい合せる。〕

ココ    …ワルプルギス。最後に言い残すことがあれば言え。
ワルプル  …そうかい。…じゃあ…最後にもう1つだけ聞くから…今度は答えてくれよな。
ココ    何だ。
ワルプル  この世界とやらを動かしてんのは、どこのどいつだ。
ココ    …。
ワルプル  あんたか。
ココ    ちがう。…と言っただろう。
ワルプル  じゃあ誰だ! …あんたは何故オレをつくった! 何故だ!! 答えろ! 
      答えろ! 答えろ〜っ!!
ココ    ……お嬢さん。言い残すことはありますか?
ワルプル  ………。
ワーミー  ……ないわ。
ワルプル  ……くくく…はっはっはっ…はっはっはっ!!
ココ    笑うな! 最後の時ぐらい笑うな!!
ワルプル  ……だってよ…笑うしかねーだろーが!
ココ    ……。
ワルプル  ワーミー。
ワーミー  ……。
ワルプル  ……じゃ…いくぞ!!

〔音楽。ワルプルギス、ためらいの後、思い切ってワーミーの首を噛む。が、すぐに口を離し
 苦しそうにうめく。また思い切って噛む。体が苦しそうに震える。こらえてかみ続ける。
 2人の姿、逆光になり、やがて見えなくなる。暗転。音楽がいれかわる。ゆっくりと明りが
 入る。ベッドの上にたおれこんだワルプルの胸を突きやぶり、巨大な何かが、宙に浮いてい
 る。皆、呆然として、それを見つめる。ワーミーはベッドの足もとにころがっている。〕

ナル    (おもむろに口を開く) 1986年。
ヨーカン  東京。
浜里    クラブ…ワルプルギス。
たつる   の地下…地下…地下…地下……
全員    地下室。
ワルプル  …目を開けると…オレの上には、巨大な心臓が浮かび、じっとオレを見降ろして
      いた。………グレゴール・ザムザもきっとこんな気持ちがしたことだろう。
ココ    ワルプルギス!!
ワルプル  オレを呼んでいるのはココのだんなのひきつった声だ。オレの足元には、
      さっきまで暖かかったワーミーが転がっている。  
ココ    ワルプルギス!!
ワルプル  そうだ、…オレの上に浮かんでいる、このバカみてぇに膨れ上がった心臓に
      ワーミーと名前をつけてやろう。……………どうやらオレは…、このまま生き
      続けるらしい…。こんな生きた屍にできることは…相変わらず、笑い続ける
      ことだけだ。
ココ    ワルプルギス!!
ワルプル  …よう…だんな…ココのだんな!! …オレと…あんたは…このようにして、
      もう1度出会い! このようにして、始まるんだ!!

〔音楽。巨大な心臓から血が部屋中に吹き上がる。その血を浴びながら、吸血少年の群れ、
 一勢に心臓を手で押さえ、機械的な動きを繰り返す。その中でワルプルギス、いつまでも
 笑い続ける。ゆっくりと暗転していく。〕

                                    ––––  幕 –––– 


 





    

       
 アーティスト三上晴子が手がけたワルプルギスの鉄の棺。木やプラスチックではなく、本物の鉄や
 金具で出来ているのでとても重々しい。私の記憶では棺のサイドの装飾は“Walpurgis”と書いてあった。

注※
※1DAYSとは石川成俊がボーカルをしていたDays of Greenというバンドで、現在も活躍中でたくさんのアルバムを出しているDIPのヤマジカズヒデがリードギターをつとめていた。曲はパンクに近く、石川成俊の声は地底の闇から聞こえてくるような響きがした。

※2私の記憶では、ナルとヨーカンは舞台の左隅で床に座り込み、放心して固まっていた

※3 ヨーカンこと、上野仁は、ドイツのバンド、アインシュツルツェンデノイバウテンの大ファンで、実は三上晴子はそのバンドのシンボルマークをデザインした。ノイバウテンと三上の間には共通のビジュアルがあった。その三上の造形が舞台いっぱいにあるのだから、ヨーカンは夢のようである。

※4 私が観に行った日、ゲシュタポ登場の際、リタまたはココが棺に杖を思いっきり振り下ろしたのが、棺の縁を掴んでいたゲシュタポ大橋二郎氏の手を直撃した。相当な痛みとダメージがあったと思うが、彼は最後まで頑張って耐えている姿が痛々しかった。

           

最後まで読んで頂き、ありがとうございました。
東京グランギニョルという異例な劇団は、今後2度と見ることは出来ないと思います。テクノの女王と言われたコシミハルさんの声は、実際に聞くとビックリするほど可愛い少女の声でした。
今回はワルプルギスのシナリオをノーカットで載せたので、また別の台本も徐々に載せたいと思います。よければまたVISITして下さい。

         🌻おまけ🌻
写真左、ナル役の石川成俊、Days of Green というバンドでボーカルをしていました。彼は現在、着物のデザイナーをしています。なぜ?着物と思いますが、デザインはゾウリムシやクラゲ、九尾の狐など、妖怪混じりですので、納得できます。
右側のギターはDipのヤマジカズヒデ(ヤマジくん)です。現在もプロのギターリスト。有名。


  ⬇️石川成俊(東京グランギニョル)                     ヤマジカズヒデ(dip)⬇️



  ⬇️ こちらはワルプルギスから東京GGにデビューした、たつる こと 石川たつる。
  やはりバンドのボーカルをしていました。この大きめのフラッシュライトを抱えたポーズは
  ライチ光クラブのワンシーンです。
  彼もライチ光クラブにかなり強いショックを受け、深く深く影響された1人と思います。