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2024/04/04

特集・飴屋法水 東京グランギニョル 雑誌記事・JUNEエッセイ


🍬飴屋法水・雑誌エッセイJUNE 🍬
  ★Tokyo Grand Guignol★       
  これらは当時発売された雑誌などに掲載された記事です。最初の記事は、飴屋法水氏と何度か
 インタビューをした記者による文章です。その後の記事は、JUNEという雑誌に飴屋法水氏が連載
 していたエッセイです。JUNEは美少年や美青年たちの純粋なゲイを特集した雑誌だった為、美しい
 美青年の役者が揃ったグランギニョルは、JUNEのテーマに当てはまる素材だったと思われます。


  東京グランギニョル 増殖する“少年Ameya
 (1986 WAVE Metafiction)    記者が語る飴屋法水Ameya Notimizu 
 

  15歳の春は決して終わることはない。この都会に漆黒の闇を呼べば。
最期の少年期があとわずかで消費され尽くされる時に、A(飴屋法水)は1人呟いた。
少年が特権的な階級であったことを心底、口惜しく思い出すようになったの
は、もう20歳を超えた頃だった。Aは思う。何故あんな呟き1つで、少年
期を終わらせてしまったのだろうか。少年の残像の中で自分だけは永遠に歳
をとらない、少年でいられるということを信じていたのかもしれない。
呟いてみたが、それは単なる強がりなポーズのつもりであったのに……。
だからそれは、少年を延命するAなりの儀式のつもりであったのだろう。
しかしやはりあの呟きは、まさにAの少年期の終幕を位置づけていた。
それが、今では、鮮やかに意識化できる。
   ならば精神の安易さの為に、モラトリアムの状態にしてあった、殺意とか
残酷はどう昇華すれば良いのだろうか。Aは、終焉してしまった自らの少年期
に逆上する。

 少年が、時代のテーマである。少年がそこかしこに氾濫している。しかし良
く語られることを望まなかった少年達である。Aは、ネガティブな少年である。
 カリスマ性を帯びるスターはどこか必ず少年的である。近ごろは、少女の
スターですら少年的である。Aは、世に聡い人間が装う少年ではなく、決して
背が高くならないような悪意を持って少年にとどまっている少年である。

Aは、端正な顔をしている。しかし自分の顔が1番美しく見える角度を知らない。
美しさによって、老人を誘うような純粋さを持ち合わせてはいない。どんなに
醜く見せても、少年である輝きが少しも失われることがないことを自信を持って
知っている。だからA氾濫、最も少年らしい残酷さを顕わにする。

  少年時代けられたわりをらぬ復讐劇は––––。

 東京グランギニョルの演劇には、少年がたくさん出てくる。少年しか出てこない
と言ってもいいくらいだ。成熟した女は、豚のように扱われ、鉄のペニスを差し込
まれる。そして「ライチ」の物語から突如として消去されまったく登場しなくなる。
犯され軽蔑される為にだけ物語に挿入された女。Aの物語に許されるのは、たった
1人の少女。「ライチ」では、越美晴が粉するマリンと呼ばれる少女。
越美晴–––「ボーイ・ソプラノ」というLPを最近リリースした最も少年らしい少女。
おそらく越美晴は、自分のことを僕と言う少女に違いない。Aの世界は敢えて未熟
である。
 Aは、老人のような意地悪な目つきをする。押し殺したような声で、ケケケケと
笑っている。少年達の秘密結社。Aは、決して秘密結社を主宰しようとはしない。
結社を主宰する少年に一目置かれる外部の存在。そのくせ結社に影響力がある。
どこの学校にもそんな切れ味の良い少年が1人はいたはずだ。決して20歳を越えられない少年が。Aは、あらゆる人間の少年期に復讐しようとしている。
 Aは、J劇団で音響をやっていた。歌謡曲ばかりが使われた。その時にはあまり気にしていなかった。タップ・ダンサーが出る芝居が上演されることになり、タップ・ダンスを練習することになった。地下室で練習していた時にAはふと少年期を思い出す。
こうやって地下室で、足をどんどんどんと踏み鳴らすのが僕達のダンスだったんだ。
記憶が甦った少年は、再び劇団に戻ることはなかった。PILのドラムに合わせて少年たちが、足を踏み鳴らす「マーキュロ」のオープニング・シーンはこうしてできあがった。
 東京グランギニョルの第1回公演「マーキュロ」は、劇画家・丸尾末広の作品のイメージを舞台化したかったから……歌謡曲じゃなく僕達の好きな曲で舞台を作りたかったから……Aはそんなことを呟いた。分かったような気になって、劇団を舞台化するアナーキーでロマンティックな東京グランギニョルなどと書く。しばらくしてAに会うとちょっと眩しそうな顔で「僕、そんなこと言ってないよ。丸尾末広の劇画に舞台が似てない」って言われて迷惑しているんだ。」などと言う。

  好きなイメージ、好きな音……。
       それがやれなければ 舞台はできない。

Aと一緒に食事をしたことがある。おこげ御飯。カラカラに焼かれた御飯に汁をかけるとジューという音を立てて食卓いっぱいに蒸気が舞い上がる。Aは無関心そうにながめていた。
 「ガラチア」という2回目の公演では、舞台におこげ御飯が登場した。熱くしたコークスに水をかけたようだが、なかなか感じがでていた。素直じゃないな。
 今回は「ライチ」。まさかおこげ御飯を食べた後に出た、デザートのライチじゃないんだろうな? そうだよ。Aは、いたずらっぽく笑う。ライチをエネルギーにする人造人間ライチ(嶋田久作)。少女に恋をして意識を獲得する。「ライチ」はどうも梅図かずおの「私は慎吾」を下書きにしているようだ。少女の名前はマリンだし……。
 東京グランギニョルの芝居を作っていく興味は、どうも社会などというものからはるかにかけはなれている。デザートのライチだったり、漫画だったり、ミュージシャンのイメージだったり。彼らも、大きな意味でメタの時代に生きる演劇であると言えよう。

役者の質も変化している。それは見える側の変化でもあるが、演技を見るより生地に近いキャラクターを見るようになっている。キャラクターということにかけては、東京グランギニョルの嶋田久作が断突である。人工骨を埋め込んだような顎、しゃべりながらよだれが垂れてしまう体質、狂ったような踊り。演技を超えたキャラクターは一見の価値がある。
 東京グランギニョルは、公演が終了する度に役者が離散する。バンド活動をする者や、学校に戻る者……。再び戻ってくる者も少しはいるが、ほとんど新しいメンバーで次回の演劇を上演する。これも時代的だ。彼らには、行為する価値はあっても評価される意味はないのだ。

著者の名前は見当たりませんでした。



📕以下、飴屋法水本人によるエッセイ📗
    


 ✨🌹美少年雑誌 JUNE🌹✨    
      に掲載された飴屋法水氏のエッセイ。
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子供の頃のお東京グランギニョル主宰飴屋法水
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      1986                    
 5月1日、晴れ。武井くんに車の運転をしてもらい、引っ越しをした。猫と2人暮らしには
充分の広さ。うれしい。が、おかげで本日〆切のJUNEの原稿を書いてない。引越し前に書くつもりだったけど、きのうはグランギニョルの石川君(ニコ)のバンド“DAYS“のライブ、おとといは美晴ちゃんと2人で坂本龍一のライブ……と遊んでばかりいた。明日書こーっと、そうそう“DAYS”に今度入ったドラムの佐々木君は、なかなかSexyな美青年だし、ヤマジ君も鋭いギターを弾くので、読者の皆さんもライブに行ってみて下さいませ。
 5月2日、曇り、のち時々(残念ながら放射能のまじってない”雨。先月号の読者からのおたよりにはビックリした。よく「野ばら」のビデオを見つけましたね。地方にも、あんなにグランギニョルに興味を持って下さる方がいるのだなあ。地方公演もしようかなあ……。
それからビデオにグランギニョルの役者2人が出てると書いてありましたが、あれは僕と美晴ちゃんですぜ。13才ぐらいに見えたってのは言い過ぎじゃない?

 さて、今回は子供の頃のお話を、という注文でしたね。ウーン、子供の頃ねェ………。
 生まれたばかりの飴屋クンは神奈川県の小田原という所に来ました。小田原は海からすぐ山になっていて、酒匂川という大きな川もある。そこで野生児のように遊んでましたね。そうでない時には部屋で絵本を読んでました。あんまり近所の子と野球とかはしませんでしたね。だいたい昔からチビだったせいで、近所の子には、「人間の上下関係は身長で決まる。」とか言われて、年下の子にもコキ使われたりしてイヤでした。それで1人で虫を取ったり、川で泳いだり、ガケ登りをしたり、防空ゴウを探検したり……とまあ、そんなとこですね。防空ゴウの奥に犬の白骨を見つけた時は、学校の先生の教卓の引き出しの中に入れちゃって、オコられたなあ。ブルブル。
 おこられたといえば、僕の月並な初恋は学校の女教師でしたが、ある日その方が、美術室で牛の頭ガイ骨のデッサンをしてたのね。よく絵を書く人ってそういうことするでしょ。で、性欲だけは異常に発達していたマセガキの飴屋小僧は、お姫様に気に入られてキッスの1つもいただこうと、ト殺場に行って死にたての牛の頭をビニールにくるんでもらって来てプレゼントしたわけ。いやあ、その時もおこられたなあ。おこられたというよりキラわれたのかな。以来、女教師と名のつくものを見るたび、股間に鉄のペニスをつっこんで犯してるのさ〜。
 虫以外で好きだったのは両棲ハ中類。つまりカエルとかヘビのたぐいです。すごく好きだったんだけど、こいつらはイジめたね。ヘビは見つけるたびにたたき殺したし、カエルは皮をはいだり、熱湯の中を泳がしたり。カメはあの甲らが、なんかズルイ感じがして、シンナーを甲らにぬって火をつけて歩かせてやった。熱がって甲らから出てくりゃよかったのにな。あと、金魚バチに金魚ちゃんを入れたまま100Vの電流流して水の電気分解やったりもしたなあ。
 そうやってイジメてばかりいたのに、小学校の卒業アルバムには、「将来、僕は有能な生物学者になるであろう。」なんてヌケヌケと書いてある。でも本当になりたかったんだもん。それがどうして今、お芝居なんかしてるのか? それは僕にもわかりません。ブンブン。以上、なつかしくもなんともない、子供の頃のお話でした。

    



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 わたくしごと 東京グランギニョル主宰 飴屋法水
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      1986                    
 突然だが、ネコが死んだ。4月まで飼っていて、今の笹塚の部屋に引っ越す際、ペットは
飼えないと言われて、東京GGの作家であるタガネ君に飼ってもらうことにしたネコだ。
 死というものは不思議なものだった。もちろん死と言っても、この場合、残された者にとっての死だ。どこかの詩人が言った通り、「死ぬのはいつも他人ばかり…」なのだ。
 目の前で、動かずにいるということと、息もせず、体温もなく、しかし、体はついさっきまでの重さを持って、そこにあるのだ。「ああ…これが死ぬということなのかなあ‥」とボンヤリと思った。とてもつかみどころのないものであった。胸に抱いていると、ただ眠っているだけのように思える。しかし腕の中で、体は確実に腐り始め、虫がわき始めてくる。
 「お線香にこんなに強い香りがあるのは、腐臭をかくすためだったんだなあ…」
などと悲しい発見もした。
 気温が高く、仕方がないのでドライアイスをいっぱい買って来て箱につめたが、今度は体がカチンカチンになってしまいよけいに悲しくなってしまった。そういえば、映画「禁じられた遊び」の中で少女が抱いていた子犬の死体も、やはり足がまっすぐのびたままコチコチになっていたのを思い出す。あの映画のあの場面は恐ろしい。少女が死んだ動物たちのために、人間の墓をあらして十字架をかき集めてお墓をつくる。あの映画がもともと持っているのかもしれない「反戦」などというヒューマニズムをはるかに超えて、わがままな欲望が腐臭をあげ、めまいをおこさせる。
 ………しかし現実のネコの死は、ボクにとって悲しいだけで、客観視するだけのよゆうもなく、ボクのエネルギーを消耗させた。何かが死んで、何故人が悲しむのかわからないが、泣いたり、死んだもののことを思ったり、おそうしきを出したり、そうやってエネルギーを使いはたすことで、この世から無くなってしまったものとのバランスをとっているのだろうか……。
 結局いつまでも抱いていても仕方ないし、芝居のケイコもストップしてしまったので、3日目にタガネ君とお寺に行き焼いてもらって来た。今では骨つぼの中でカラカラ音をたてる、まっ白な骨になってしまった。骨になったら、思っていたよりずっと小さくて軽かった。
 最近アカデミックな科学のクローズアップがなされ、そのことが、いきづまった芸術を活性化させる力となったりしているようだ。たしかに科学を知ることで、ボクらの頭の中から、単純な有機物と無機物の二元論の垣根は取り払われたように思えた。しかし、生きていたものが死ぬということ、動いていたものが動かなくなるということ、人間はやはりこんなに単純で大ざっぱな二元論の前で、いつまでも右往左往しつづけるのだろう。

                                   

          

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  エッセイ超レトロ? 飴屋法水 AMEYA NORIMIZU
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      1987                     
 
昨日はほとんど『バリカーデ』に費やしてしまいました。今年はどうなるのでしょう?……まあ……何とかなるでしょう……こればっかりの人生ですね。

 嶋田久作氏は、皆様ごぞんじのような活躍ぶりで、プロモーションに追われる日々のようです。斉藤そうすけ君も、今年は映画に出演、6月頃には公開の模様で (タイトル忘れた) 
それも楽しみです。

さて、嶋田氏の顔がプリントされた「公開記念ティッシュ」も出まわっているという(これは笑った)『帝都物語』ですが、おそらくこの号が出る頃にはそろそろ公開が始まるでしょう。
 嶋田氏のファンには楽しいと思いますし、ヤクザの情婦がどうしたの、不良の青春はどうの、動物がどうしたのというグチャグチャした映画ばっかりの日本映画の中での、志(こころざし)は評価できると思います。アニメ以外でああいうものは、なかなかできませんでしたからね。あ、それから、レトロファン、特に大正レトロな方にはたまらない美術セットなんじゃないでしょうか。

しかし、私のレトロ感覚は、もっとはるかかなたの地球の始まりの頃へと行ってしまってまして……マグマが冷えかたまり、海ができ、細胞がざわめき、やがて太古の生物が誕生した頃の地球……しいて、ふりかえる価値のあるものは、人間の造りあげた文化の中により、その頃にあるような気がしてなりません。
 これはもう、超レトロというか……はたしてそれがノスタルジーなのかどうかさえ、自分にはよくわかりません。
 ただ、別に文明批判してるわけではございません。文明はみにくい、自然にかえれ!なんて言う気もございません。文明はみにくい、だからどうした?

 昨年、ずいぶん話題になった『危険な話』のチェルノブイリ批判の方法論は、はっきり言って大嫌いです。中途ハンパな人間中心主義には鳥ハダが立ちます。
 人間は原始時代にかえるのか? それはできない。できない以上、あらゆる危険とキョウフを引き受けて、とことんテクノロジーをおしすすめ、いくとこまでいくしかないでしょう。
 そのとき、「そんなことしてたら、我々は死ぬんですよ!」とヒステリックにまくしたてられたら、「そりゃ、そうだろ!」としか……やっぱり答えようがないですねぇ。

昨日、シド・ミードの手がけた近未来ディスコ、トゥーリアの照明が落ちて人が死に、TVでガヤガヤ言ってます。そういえば、日航機が墜落して、少女1人が生き残った時、僕らは『ライチ光クラブ』を創りました。今年は……何をするんでしょう?

テクノロジーによって生まれたTVゲームで、アルカイックな原始イメージをもてあそぶ、僕をふくめたガキども。
 ああ……グロですねェ。
         



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“バリカーデ”直前‼︎   飴屋法水  常川君と今泉君と浜里君と田口君と
            元・東京グランギニョル主宰   土方君と斎藤君と石川君と伊藤君
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      1987                      

 いよいよ公演がおしせまってしまった。実は、現在、初日の3日前の夜中である。正直いって眠い。疲れた。多少の文章の乱れは、カンベンしていただきたい。
 さて、役者紹介も、今回で最後。で、まず、常川君から、始めたい。
 常川君は、“ライチ”のあのゼラ役であり、今回の“バリカーデ”でも重要な役回りを演じていただいている。それはまあ、見てのお楽しみとして、いや、実に彼には世話になっているのだ。僕や三上は、もともと、いーかげんな人なので、実は、こんなに多数の人々をまとめて引っぱっていくよーな性格ではないのだが、その辺の弱点を、彼は、黙って、気もちよくフォローしてくれる。僕らのやることを、いつも、おもしろいといってくれて、気が向けば付き合ってくれるのである。そして、芝居が終れば、「じゃあね」といって、彼は自分でパフォーマンスしたりするのである。今回の芝居も彼なしではできなかったところが多い。
 しかし、彼とも、もう5年くらいのつきあいになるけど、いやあ、最近は、お互い心が広くなったもんだと、私は、疲れているせいで、何をいっているのだろう。
 それ以外に今回の “バリカーデ” に出演してくれているのは、知る人ぞ知る戸川一平こと今泉浩一くん
 かれは……とにかく……ヘンの一言。“ワルプル“のあの中国人の助手をやってた人と言えば、どんなにヘンか、お分かりいただけるでしょう。
 でも、素顔は、ナイーブでキチョウメンで頭のいい子、なんだぜ。
 古くからのつきあいの浜里くん
 彼は、まだ高校生の頃。“マーキュロ”のお客さんんとして知り合って、“ライチ”のリンチされる少年でデビューした。いつも、大人ぶって、「ナールホドネェ……」などと言ってるが、そのくせ、まじめにがんばってくれちゃう、イイコデス。
 それから田口君
彼は“ワルプル”からのつきあい。役者としてもいい味出てるし、衣装は、すべて、彼のデザインによるのだ‼︎
 それから土方くん
 彼は“ライチ”の時には、舞台の回転板の下にもぐって、嶋田君と美晴さんをぐるぐるまわしていたのだが、“バリカーデ”では、メキメキと頭角を現わし始めている。
 それから斉藤君
 彼は今回からのつきあいなのだが、一目で気に入って大抜擢してしまった。僕と同い年でイイヤツだが、すぐ腕の血管を浮きあがらせて「スキャナーズ」ごっこするのはやめてほしい。
 それから石川健くん
 彼はバンドのボーカルで、まだすごく若いインディーズ野郎(ボーイ)だが、日本的な目つきに、なかなかのものがある。
 そして最後が、新人の伊藤雄春君
 彼は、はっきり言って伊藤麻衣子である。

さて、今回は大勢で散漫な紹介になってしまったが、もし、この文章をよんでから、お芝居を見ていただけると、よりおもしろ味もますでしょう……。
 芝居のほうは、とにかく、ケイコ大詰め。
 毎度のことで、フタを開けてみなくちゃわからない。
 今回は、すごく地味にかたくせまってみたのだが、どうなりますやら……。
 うまくいくと、イイナァ~~~~~!




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 もっと良く、ギーガーを視るべきだ。全体を、細部を、くり返し。
           元・東京グランギニョル主宰 飴屋法水 
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       198?       

 ギーガーが来日した。いよいよだなという感じである。数年前、友人との間でまわしよみしていた『ネクロノミコン』も、日本版となって店頭につまれ、売れまくっているようだ。こういう成り行きを「何かさびしい」と言う気はぜんぜんんない。あのようにスバラシイものは、多くの人に視られるべきだ。
 世の中には、マイナー志向とでも呼ぶべき人がいぜん多くいて、愛すべき対象を理解できるのは「わたしだけ」と思いこみたいらしく、それが売れちゃって、みんなに愛されたりすると、急に熱が冷めたりするらしい。そういう人の口ぐせ「ギーガーも一般的になったなあ」「けっきょくギーガーもとり込まれちゃったのよね。」あげくのはてに、「いまさらギーガーでもないでしょ」このようなファンの心情というものはよくわかるけど、そんな同好会のような心情はすてた方がいい。「わたしだけのギーガー」が、せっかくのギーガーを、「マイナーであることによって、力を持つ」だけのものにおとしめてしまう。
 いまさらギーガーでもないでしょ……と片づける前に、もっとよく、ギーガーを視るべきだ。全体を、細部を、くり返し。
 どんなに売れようが、それが、かんたんに「愛せる」「理解できる」シロモノではないことに気づくだろう。
 このようにしてより多くの人が、ギーガーのまえで立ちあぐねてしまうことを期待する。
「わたしだけのギーガー」は、そこから先に勝手に発生していくものだ。
 ボクは現在、三上晴子と共に廃工場を1つ借り入れ、そこに毎日こもって、金属をたたいたり、まげたり、溶接したりしている。ギニョルの頃から抱えこんでいる「金属」をモチーフとすると、このようにして金属と向い合う時間が、どうしても必要となってくる。「ボクだけのギーガー」なんてものがあるとすれば、それは、このような作業の中で、初めて顔をのぞかせる。
 それらは、秋頃、演劇という形で、みなさまの前に現れるかもしれないし、誰にも見せずにコワしてしまうかもしれない。 
 いずれにせよ「デッドテックはもう古い」とか、「あ、廃墟感覚ね。わかった、わかった」という発言の目立つ今日この頃、ロクに向き合いもしないで、次から次へ乗りかえていく世間のやり方に賛同しかねる僕は、これから半年間、この工場にこもるつもりでいる。
 話はかわるが、昨年の5月頃から、事務所のイタズラ電話が絶えない。おかげで電話が大嫌いになってしまった。
 その上、最初それが、ギニョルの客 (あるいはもと客) からのものだとわかってショックである。
 出てみるといつも無言で、男か女かわからないのだが、最近ちらっと『マーキュロ』の中で使った「ノスフェラトゥ」の音楽が流れたようなのだ。ヒドイ時は、1日に何十回もあり、深夜まで続く。
 こういうことに慣れてしまいたくないし、有名税などと割り切る神経ももち合わせていない。
 ギニョルを創ったことの結果が、こんな風な形で現れてくると、もう、人になんか観せるのはイヤになってくる。本当にやめてほしい。
 そんなわけで、最近は、ベルがなってもほとんど電話に出ない。
 何かの問い合わせで電話をくれても、通じないと思うのですが、カンベンして下さい。

 
    


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         持続というのは 僕にとっては
      嘘であり なのです 飴屋法水
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         1988                      
 突然ですが、東京グランギニョルは解散しました。驚かれた方も多いでしょうが、僕はあまり驚いていません。最初から、「この集団は長くは続かないかな」いや、「続けることは考えないで始めてみようかな」と思っていたからです。もっと言ってしまえば、持続というのは僕にとっては嘘であり、悪なのです。
 もちろん、もともと飽きっぽい性格で、物事を持続することに向いていないのかもしれませんし、集団の主宰者としての才能が欠けているとも言えるでしょう。しかし、それ以上に、集団が純粋なかたちで持続するなんてことは不可能なのです。企業のように金銭的な利益で強力に結びついている場合や、ナチスのようなファシズムでなら別ですが………。
 ですから、はっきり言って世の中の10年以上も続いているバンドとか劇団は、金のつながりかファシズムと思っていいでしょう。つまり劇団を例にとってみれば、たいていメンバーチェンジをくり返しているにもかかわらず、主宰者がいる限り続いていきます。
 だからどこのポスターを見たって、作・演出というふうにして主宰者の名前ばかりがでかでかと掲げられているというわけです。そして、そいつだけが文化人になって何とか食べていき、役者はTVに出かせぎするか、アルバイト……というのが現状です。スタッフにいたっては、もう、どんどん入れかわっていく若い連中をこき使うか、外部のひとに金を払って頼むか……という有様です。逆に言えば、こんな現状だからこそ、評論家の劇評も、主宰者ばかりに集中するのかもしれません。
 こんなところに、真の共同作業が成立するわけはありません。もちろん、例外的にこれをまぬがれている、劇団員がたった7人しかいない「青い鳥」とか、作家も演出家も不在で4、5年に1本しか芝居をつくらない「第7病棟」なんて人々もいることは、います。
 グランギニョルも様々なくふうをしてきました。つまり、日頃様々な活動をしている人たちが、それぞれの個性を持ちより、台本も、演出も、音響も、舞台美術も、衣装も、照明も、全てが、等価でぶつかり合うような場になれば……と思ったわけです。気がついた人もいるでしょうが、「ライチ」の再演以来、ポスターから飴屋の名前をはずしたのも、そのへんを考えてのことなのです。
 しかし、芝居を1本つくるのにはあまりにも金と時間がかかりすぎ、逆に、あまりにも、見る人の人数が限られ、金にならないのです。そのために、あらゆるバランスがくずれてしまいました。そこで、とりあえず今の集団はつぶしてしまおうと思ったわけです。
 今年からは、また別のかたちで新しい集団をつくり、活動を始めようと思っています。
おそらく、芝居をつくるペースは、前より、ゆっくりになるでしょう。芝居以外の活動にも、より理想に近い共同作業ができる集団でありたいと思っています。
 もちろん、口で言うほどキレイにいかないということは、イヤというほどわかっていますけど……。まあ、これからもがんばりますので応援してくださいませ。このエッセイを続けるかどうかは、まあ、編集者の佐川さんと相談してみます。じゃあね。







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